4.近づいてはいけません

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「お父さんと予測していました。独身であれだけ眉目(みめ)のよい男性隊員ですから、女性の視線を集めるだろうと。そうすると、近づこうとする女性が現れる。旅団長副官だから、旅団長の娘である寿々花へと伝手(つて)を頼る。まだ陸士長であるあなたが、少しでも先輩である隊員に押し切られる事態も起きるかもしれないと。ですから、今後は館野一尉について『どうにかならないか』と押しかけられたらこう告げなさい、『父と母の許可を得ないと紹介はできない』と。それでもきかない隊員は、所属部隊、部署、氏名をお父さんに報告しなさい。ほんとうに館野さんに相応しいかどうかを、こちらとご本人で精査します。館野さん自身がお近づきになりたいと言えば、彼から出向くようにいたします。旅団長を通して紹介するという形にしてください。そしてあなたも無闇に館野一尉のことは話題にしてはいけません」  そこまでしなくても――と寿々花は少し大袈裟に思ったのだ。それに父に言いつけるなんてやり方はしたくはない。だが、母は娘のそんな甘い心持ちを見抜いていたからか、険しい目つきに変わった。 「自衛隊という職場はなにをする場所ですか。伊藤陸士長。お見合いですか」 「違います。国民を護るための業務を全うする場所です」 「もちろん、自然に出会って結婚する隊員もいます。ですが、万全の態勢を保つため、司令部にいるお父さんと館野さんを煩わすトラブルの根は、早いうちから摘み取ります。伊藤陸士長、あなたのところでも止めてくださいね」 「はい……。奥様」  母であってそうではない。旅団長の妻として言っているのだとわかったから出てしまった他人行儀な言葉、『奥様』だった。
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