5.冷たいのは……

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 ヨキが一心不乱に走り出した。いつもの2キロコースの直線を行かず、ぐんと左折、いきなり3キロコースに突入。  よっ君、なにか追いかけている? 寿々花の前には、先ほど目の前を通り過ぎていったサングラスに白黒ランニングウェア姿の男性。  まさか、まさかまさか――。  後ろ姿似ている? でも、よっ君、どうして?  戸惑う寿々花を誘導するように、リードの先にいるヨキが全速力モードで男性の足下に並んだ。  しかも追い抜いた。  男性も足下に出現したワンコを知ってギョッとして、もの凄い勢いで後ろに振り返った。 「え……? よっ君!? うそだろ~」  リズミカルなペースを保って走っていただろうに、息を乱した男性がそこで項垂れるようにして立ち止まった。  気の抜けた声が意外だったので寿々花も茫然としてそこに立ち尽くした。 「お、おはようございます……。館野一尉」  驚きで息を荒くしている彼も言葉がでないのか手で制してきた。 「お、おはよう。伊藤士長。じゃない、ここでは階級呼びはやめよう」  彼がサングラスを帽子のつばの上にあげて、いつもの顔を見せてくれる。 「なんでわかったんだ。すごいな、よっ君」  呼吸を整えるためか、彼から歩き出す。  寿々花もリードを持って歩き出すと、ヨキが彼の足下で彼を見上げながらちょこちょこ歩き出した。  彼もヨキを見下ろしている。笑顔だった……。 「よっ君、俺のこと覚えてくれたんだ。よく会うようになったもんな。お喋りもいっぱいしたしな」  旅団長付きの公務車で迎えに来た時、母がヨキをだっこして見送るからなのだろう。  彼の顔、声、匂いをヨキも覚えたようだった。
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