5.冷たいのは……

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「ワンちゃんに慣れてきたんですね」 「ひと安心ですよ。上官の愛犬に気に入られて」  そこ敬語になっちゃうんだと、ワンコより警戒されているようで寿々花の心が少ししょんぼりとしぼみそうになる。 「ちょっと休もうか」  だが、歩いているうちに見えてきたベンチへと一尉から促してきた。なんのつもりかなと思いながらも、寿々花もその誘いに従った。  気候がよくなった早朝。風には緑の香りが混じっている。  館野一尉と一緒にベンチに座った。  ヨキはベンチの周辺に生えている雑草をみつめてクンクンと匂いをかいでいる。そのうちに、館野一尉のスニーカーに鼻を近づけてクンクンしている。  そんなヨキを、彼は微笑ましいといいたそうな優しい目で見つめていた。  そんな顔をする人だと初対面で知っていたから……。またその顔を見せてくれたことに、寿々花はちょっと泣きそうになる。優しい彼に再会できたからではない。過去の話を聞いてしまったから、女性を寄せ付けない警戒心を少し解いて、心を安らかにできる瞬間があると知れたから……。  寿々花が黙っていると、彼も申し訳なさそうな表情を見せた。 「どこまで知ってるのかな。しっかりしたお母様から釘をさされたと思うんだよね」 「はい。ご事情があると聞きました」  館野一尉の過去を(おもんぱか)って、 両親が周囲の隊員に目を光らせていることに彼も助けられているのだろう。  そのことについて、どう返事してよいのか、寿々花は口ごもる。彼も言いにくいのか、自分から深い事情は話してこない。 「ほんとうのことだよ。こちらの事情なのに、理解してくださる上官で助かっています。お嬢様にも気を遣わせていると思っています。申し訳ない」
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