5.冷たいのは……

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 なんと返してよいかわからない。自分の子供なのに一度も会ったことがなさそうで、あるはずだったものを失った男性の気持ちに気易く触れるのがいまの寿々花には怖い。  だが、それすらも大人の彼には見透かされたようだ。 「気を遣わせてしまうから、コースを変えたんだけどな。顔も隠していたのに、ヨキ君の鼻はごまかせなかったか。あの後、この公園ではないコースに変えて走っていたんだけれど。車の排気もない空気のよい公園で、緑と空を見ながら走る気持ちよさを手放せなくてね。2キロコースで出会ったから、じゃあ、3キロコースに変えればいいかと……。会うと、自分はお嬢さんより上官だから気を遣うでしょう。自分も、将補のお嬢様だから無下にできない」  お嬢様だから無下にできない。彼も気を遣うということで避けられていたと知り、寿々花はわかってはいるけれど愕然とする。 「なのになあ……。こんな小さなワンコのよっ君に見つけられちゃうだなんてなあ。犬ってすごいな」  緑の草と戯れているヨキを見て、彼が笑った。  また一尉がにこにこ顔に。もうヨキにも触れられるようで、正面に来たヨキの小さな頭を撫でている。 「クラリネットはいつから?」 「中学からです」 「やっぱり、自衛隊の音楽隊を見てというやつかな」 「はい。父が自衛官で、家族招待で連れて行ってくれた音楽隊コンサートで大好きになりました。祖母がヴァイオリンをしていたせいもあると思います。母もピアノ科を卒業しているんです」 「なるほど。ご家庭にも音楽の存在があって影響があったんだね」  そこで館野一尉がまた、なにかを思い出したのかクスッと笑い出す。
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