5.冷たいのは……

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「内緒だよ。先週、音楽隊で午後の演奏練習をしている音楽室に、お父さんがこっそり聞きに隠れていたこと知らないだろう」 「え!? 知りませんよ! ええ、父、そんなことしてたんですか」 「たまたま、次のイベントの確認打ち合わせで音楽隊に出向いたときで……。いや、音楽隊の近くに行く口実をお父さんが作ったんじゃないかな。俺にも言わないけど、きっとそうだったと思うよ。演奏練習の時間だと音楽室に近づいてこっそり影で聴いて。クラリネットの音が聞こえてきたらじーっと目を瞑って聞き耳たてていたよ。笑いたくて、笑えなくて。困ったなあれ。娘にも言うなよと言われてね」 「言っちゃったじゃないですか。いいんですか。直属上官の言いつけを破って」 「あ、ほんとうだ。どうしよう」  急に一尉が我に返って、困り顔になったので、寿々花も笑いたくなってきた。  でも上官だから笑えない。あ、こういう気持ちだったのかなと思ったりした。 「やっぱり、お父さんやご家族の影響で、音楽隊か。お祖父様とお祖母様が住まわれていたあのご自宅いいね。庭に、梅の木、木蓮の木とあって、玄関先を彩ってくれて。昭和のいい雰囲気が庭に残っている。お迎えにあがるとき、玄関で梅の香りがしたときは心が和んだよ。陸将補の立派な制服を着たお父様、しっかりされているけれど穏和なお母様が毛並みのよい小型犬をだっこして。そして間には、ご両親とその血筋をしっかりと受け継いだ音楽隊のお嬢様が制服姿でいる。そのお嬢様が旅団長のお父様に敬礼をして見送る玄関先……」  和やかな笑みを見せてくれていたのに。彼から延々と語りだしたと思ったら、徐々に頬のあたりを強ばらせ冷たい横顔に固まっていく――。 「自分も『自衛官のお父さん、かっこいい』と尊敬される男になりたい」
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