5.冷たいのは……

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 副官として伊藤家に初めて公務車で迎えに来たとき。彼が寿々花をじっと見つめていたことを思い出す。  あれは。自衛官の父と、それを健気に支える妻である母と、そしてその両親の間にいる自衛官になった子供――という世界を彼は見つけ、なおかつ、娘である寿々花に、会うこと叶わぬ息子を重ねていたのかもしれないと、初めて思えたのだ。  制服を着ている時とおなじ鋭い目線を遠く馳せる彼が冷たく言い放つ。 「いまもそれしかできない。だから、俺はこの仕事を全うする心積もりです。その道に負担になるものはなにも要らない。その決意です」  ひどく哀しい男の顔。寿々花の胸に痛みが走る。  誰もが得られそうであって、でも一尉のような優秀な男であっても得られないものがある。  彼のなにもかも諦め、捨てきった姿が、途轍もなく哀しい。  寿々花の心に焼き付く哀しき男の横顔――。  この人の心はいつも冷たく凍っているのだ。笑顔を見せても、心はずっと。  その冷気を放って、彼は自衛官であろうとする。
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