6.一尉の悪い噂

1/7
前へ
/196ページ
次へ

6.一尉の悪い噂

 自衛官という職務を全うし、会えない息子が将来困らないようにサポートするだけの人生。それを選んだのだと、館野一尉は締めくくった。  最後に『よっ君、バイバイ』と頭を撫でてくれた時は、優しく微笑んでいた。  あの微笑みを、ほんとうは息子さんに向けたかったのだろうと思うと、寿々花も胸が痛むので、そのまま静かに見送った。  新しい駐屯地と、新しい音楽メンバーや上官との業務になれてきた。  雪も溶けて北国には暖かな風が吹き始める。新緑の芽が息吹き始め、桜も開花する。  この頃になると自衛隊のイベントが目白押しになってくるため、演奏練習にも力が入ってくる。  さまざまな民間イベントへの参加、自衛隊の広報としてのコンサートなど、土曜日曜も遠征が増える。  ヨキの散歩も続けているが、あれからも館野一尉と何度か出会うことはあった。  今度は避けられることもなく、ごくごく自然なかんじで挨拶をしてくれ、館野一尉は必ずヨキに話しかけて、寿々花ともただ挨拶だけを交わして去って行く――という、ただの顔見知りのような距離感に落ち着いていた。  あんな男の決意を聞かされたら。  それに、あの人の心は息子さんのもの。  母も言う。『そっとしておきなさい』と――。寿々花もそう思っている。  父の副官、それだけ。  桜が咲き誇ると、今度はライラックのつぼみがふくらんでくる。  大通公園で行われるライラック祭りで、方面隊音楽隊もコンサートに参加するため、市民向けの楽曲での演奏練習の時間が増えてくる。  女性隊員も多い音楽隊では、休憩時間になると女子会のような茶話会状態となる。
/196ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1277人が本棚に入れています
本棚に追加