6.一尉の悪い噂

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 さらに堂島陸曹がため息をついて、抑えた声で話し始める。 「私、館野一尉とおなじ駐屯地にいたんだよね。おなじ時期ぐらいに私も結婚が決まっていてね。一度だけ『上官の招待客が被りそうなので、挙式披露宴の日が重ならないよう気をつけないといけませんね』と、情報を交換しようと話しかけられたことがあるの。でも、それっきり。当時も口さがない噂はされていたけれど、お子さんの出産に立ち会えなかった、あちらに全部取られたと聞いたもんだから。ちょっと個人的に腹立つこともあってね……。でも、だからこそ、波風を立てたらだめよ。余計な負担をかけるからね」 「はい。母にもそう言い含められています」 「旅団長ご夫妻はそう決めているだろうと、こちらもわかっているつもりです。このことは秘密裏に音楽隊隊長にも報告しておきます」 「わかりました」 「あなたも冷静に、いままでどおりで」  しっかりされた女性上官なので、寿々花も新しい音楽隊にやってきても、安心して馴染むことができていた。  既婚で音楽隊隊員を続けられているので、女性隊員たちは堂島陸曹に憧れ、尊敬もしている。  そんな彼女から注意をされたら畏怖を抱く若い隊員は、今後は話題選びについては慎重になってくれるだろう。  業務終了のラッパが聞こえ、寿々花は帰り支度をする。  自宅までは徒歩十分もない近所。母に報告しなくては。  門を出ようとして……。寿々花は足を止め、部隊へと踵を返す。    戻るのは音楽隊が置かれている建物ではない。旅団司令部がある、『旅団司令部庁舎』まで向かっていた。  独立した庁舎に父がいる。そして副官の館野一尉も。  怒りを募らせている自分がいることを自覚して歩いている。
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