6.一尉の悪い噂

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 母でははない、本人に伝えよう。『悪い噂』をされていると。父と母に『そうではない』と正しい情報が広まる作戦を立ててもらわなくちゃ。本気でそう思っていた。  司令部庁舎が見えてきて、寿々花は正面玄関に近づく。  春の淡い夕暮れ、うっすらとした茜に包まれる庁舎の入り口に立った。  用事もない一隊員が無断で近寄ることなど皆無の場所だった。でも私は――旅団長の娘だ。  娘だ――と心で言い切ったそこで、寿々花はやっと我に返る。  一番やってはいけないことをしようとしていることに……。  娘という立場を使ったら最後。娘は特別扱いかと、父の権威も落ちることだろう。  そんな冷静さを失った自分を知り、寿々花は震える。  一気に自己嫌悪が襲ってきた。    彼のなにを知っているというのだろう。  ヨキが懐いた男性だから悪い人じゃない、だからとて彼の全てが正しいと言い切れるのか。  何も知らないからこそ、善し悪しを決めて思い込んではいけないのではないのか。  なのに。どうして私は怒っているのだろう。  襲ってくる嫌悪と動揺が渦巻き、身体から変な汗が滲んで身体がかあっと熱くなっている。恥じているのだ、身体全体で脳の中いっぱいに……。冷静になれと堂島陸曹に言われたのに、冷静になっていなかった。自分の気持ちだけで動いていた。幼稚な行動を起こしていたのだと――。  寿々花は力なくも帰り道へと戻る。  ふらふらとしたまま、寿々花は駐屯地内のコンビニに寄って、なにか飲み物を買って落ち着こうとした。  制服姿の隊員も、迷彩の作業服を着ている隊員も、まだまだコンビニにいる。  レジで会計をして、寿々花もやっと心が落ち着き店の外に出た。
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