6.一尉の悪い噂

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 少し歩いて、周囲に人がいなくなり、ひとりになったところで、隣に人が並んだ。  気配がなかったので心臓がドキリと大きくうごめいたが、その人に腕を強く掴まれていた。 「少しよろしいですか」  見上げて知った顔は館野一尉。突然現れたので寿々花は硬直する。しかも、彼の顔が怒っているようにしか見えなかった。  腕を強く引っ張られ、素早く人影の見えない奥の通路へと連れて行かれる。  業務が終了して静かになっている通路で、制服姿の一尉と向き合った。 「さきほど、司令部庁舎まで来ていましたね。なにかありましたか」  見つかっていた――。寿々花は目を見開く。そして項垂れた。自ら恥じる姿を彼に知られてしまったからだ。 「申し訳ありません。衝動的でした」 「なにかお困りでしたか。旅団長のお嬢様ですから、連絡もなく許可なく近づくことがどのようなことかわかっていますよね」  うつむいていた顔を上げて、彼の目を見るとあの淡々とした冷たい顔をしている。  いま彼は副官の顔をしているのだ。そして業務上の関係として、上官のお嬢様でも許されないことについて言及している。理由も追及している。 「わかっているはずのお嬢様が、それでも衝動的にそばまで来るほどの理由はどのようなことですか。余程のことでしょう。ここで私が伺います」 「個人的なことです。申し訳ありません。母に報告いたしますので、後ほど、父から聞いてください」  そこで館野一尉が怪訝そうに片眉を上げ、戸惑う顔をした。 「……お母様に伝えて、お父様へ、そこから部下の自分へですか? 随分遠回しですね。ということは、お嬢様から面と向かって言えないこととは、自分、俺のことですか」
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