7.だから。笑わない、のですか

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7.だから。笑わない、のですか

 それでも寿々花は引き下がらなかった。  司令部庁舎まで出向いた時の衝動をぶつける。 「ですが、一尉は父の副官で、悪い噂がたつ副官と騒がれたら」 「プライベードのことであれやこれやと言われることで、自分が築いてきた実績を揺るがしたことはありません。いままでもそうでした」  すごい自信に聞こえるが、実際にそうだった。  上層部は、そんな噂は嘘だとわかっているだろうし、調べるだろうし、そして幹部でもない隊員が好き勝手に言い広めたところで、上層部が認めるのは一尉の実績と仕事ぶり。  彼には揺るがない事実で自信なのだろう。  そう思うと……。ほんとうに頭に血が上って、稚拙だったのは自分だったと寿々花は自身に落胆する。 「好都合なんですよ。モラハラ男とかストイックすぎて女を思いやれない男と思われたほうが。今回もそう。女性が笑顔でこちらを見ている視線には気がついていましたから、余計な接触を避け甘い顔をしない。これが第一段階。いまが第二段階。悪い噂が広まり、俺を避けるようになる。そのまま遠巻きにされ誰も近づいてこなくなる。これで、鬱陶しいことから解放されます。婚約者と別れた途端に、つきまとわれそうになった事態が起きたので、以後慎重にしています。そういうことです」  そこまでわかっていて毅然としているのだと知り、寿々花はさらに肩の力を落とした。 「申し訳ありません。余計なことをするところでした」 「それに。女性たちが言うところの『酷い男』というのは間違っていませんよ」  どうして――と寿々花は彼を見つめた。そんな人に見えないのは、わたしがあなたをまだなにも知らないから?  また館野一尉が少しばかり驚いた顔を見せた。  寿々花の目に涙が浮かんでいたからなのだろう。
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