7.だから。笑わない、のですか

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「寿々花さん」  初めて名前で呼ばれ、寿々花は硬直する。 「あなたのお父様は理想のお父様だと思いますよ。自衛官の顔でない時は、優しくて楽しいパパさんですね。お母様もです。自衛官の妻の鏡ですね。お子様もすくすくと成長され、立派に成人して独り立ちしています。このような理想的な家庭であれたのは、やはりお母様が家庭を守られてきたのが全てだと自分は思っています」  ごくごく普通のあたりまえの家庭だと寿々花は思っていたので、きょとんとしていたと思う。  だが、そんな伊藤陸将補の家庭を語り始めた一尉は、公園で見せていたような微笑みを浮かべはじめていた。  あんなに冷たい目をしていたのに、薄暗い夕暮れのせいかのかもしれないが、頬が紅潮していくようにも見えた。 「夫が不在でも家を守る、この覚悟がないと自衛官の妻は務まりません。災害が起きても、自衛官は家族を置いて出場します。家族を置いて、国民の救助を優先します。その間、妻のみで家庭を守ってもらうことになります。あなたのお母様はその覚悟を持って、あなたたちを育ててきたのです。それができる妻でないとなりません」  わかっているつもりであって、自衛官の妻はそんなものだと普通に見てきた寿々花には不思議な感覚だった。 「ほら。寿々花さんは、そんなの当たり前という顔をしている」 「……確かに。兄が高校生になる時に、あの真駒内の家に母と兄と私だけで戻って来て、祖父母と一緒に暮らして、父は単身赴任。父はたまに帰ってきていましたけれど、その間は祖父母がいたとはいえ、母が留守を担っていました」
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