7.だから。笑わない、のですか

3/5
前へ
/196ページ
次へ
「それを受け入れて生きていける女性と、それを望まない女性がいるということです。自分は、自衛官を辞めない道を選びました。彼女が大切で取り返したいなら、どうしても血の繋がった父子と妻としての家庭を築きたいなら、自衛官を辞めればよかったんです。それができなかったこと。彼女のほんとうの気持ちに気がついてやれなかったこと。だから、自分は『現代的な理想の夫』にはなれない『酷い男』なんです」  自衛官の妻になれなかった彼女を責めるのではなく、彼女の理想の夫になれなかった男だと責めているようだった。  それがごく一般的な、民間の夫妻のあり方だと、寿々花が考え及ばないのは自衛官の娘だからだと彼は言いたいようだった。  そう言われたら、寿々花もなにも言えなくなってくる。口を閉ざし、じっとうつむくままになってしまった。 「伊藤士長、あなたのお父様は自衛官だ。あなたも自衛官。もし、有事が起きた場合。自衛官が率先して防衛に身を投じる。帰還する保証はない。最前線に立った者から犠牲になる。特に自分のような年代の男性隊員からその可能性が高くなる。そんな男を夫に持つことは、将来安泰とは言い難い」  それは自衛官なら誰もが覚悟することだ。父も母も胸の奥底に秘めてきたのだろう。  寿々花自身も、有事の時は自衛官として音楽以外の職務を遂行する訓練をしてきたので、その心積もりはできている。  だがそれは『理想の夫ではない』と彼は言う。
/196ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1277人が本棚に入れています
本棚に追加