7.だから。笑わない、のですか

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「彼女は、そんな未来をもつ俺と一緒にいることが不安で不安で仕方がなかったのでしょう。世界の情勢を知っては、将馬君は大丈夫だよね、どこにも行かないよねと必死で訴えてきましたから。結婚式の日取りが決まってからはなおさらに。不安にさせていたのは俺です。彼女の気持ちが安まるのは、同級生の彼のところだった。安心して子育てができるのも彼のところだった。精神が安定している母親と、つねにそばにいてくれる父親のもとで、息子はすくすく育っている。それでいいんです。自分はもう、女性とどうなろうとは思っていません。ですから、悪い男でいいのです」  自衛官として人生を捧げ終える覚悟をしていると知り、寿々花は茫然とする。だが、それが本来の自衛官のあるべき姿だった。  戦争が起きないと言い切れる? いつまでもおなじ情勢が続くと保証されているわけではない。  彼は、結婚を諦め、そこに人生を捧げようとしている男……。  だから、良い男として見られようが見られまいが、どうでもいいのだ。  寿々花の目から、また涙がつたってくる。  そこまで気持ちを追い込んでいる自衛官に初めて会った。  確かに、自衛官は心の奥底で覚悟を決めている。でも、そうでない日常では、温かで柔らかい場所に帰って癒やされ安らぎも持っている。いつか、もし。があっても。  でも館野一尉は帰る場所を決めず、気持ちを追い込んで生きているだけ……。それが哀しいのだ。 「だから。笑わない、のですか……」  涙顔で寿々花が問うたそんな時だけ、彼が憂う笑みをそっと浮かべた。 「……自衛官としては。ただ、あなたとは、自衛官として出会う前に出会ってしまった」  そう言われ寿々花の心に今まで以上の狂おしさが襲った。
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