8.ワンコは忘れない

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 ある程度、自炊をしてきたので苦ではないが、思った以上に父の指示が細かい。 「あ、おまえ。我が家はそこでだし醤油を入れるんだからな。メーカーはこれだ」 「メーカーまで決めているの~」 「嫁に行くまで、この家を出るまでは、我が家ではこれを使うように。あとは結婚したら寿々花の自由だ。夫と決めたらいい」  だし巻き卵を作っていたら、父からそんな指示。  父が朝食の手伝いをしていたことも驚きだった。 「お父さん、いつからご飯の手伝いをしていたの」 「寿々花が独立して、ヨキが来たころからかな。仕事場でも部下がいろいろしてくれるようになって、なんか手持ち無沙汰をかんじたんだ。ずっと動き回っていたのに、これなんだ――と妙な気持ちになったんだよ。母さんがひとりでせかせか動いていて、そのうえ、ヨキの世話までこまごましていて、ひとりでニコニコしているんだよ。なんだか置いてけぼりをくらった気持ちになったんだよ」  もうすぐ定年。その気持ちもあったのかもしれない。  なにかできることを。それが父も家事に参加すること、ヨキを一緒に世話することだったらしい。  そのせいで『味付けにうるさくなった』ようだった。ただしお母さんには押し付けない、自分がやるときは拘るとのこと。 「って。娘には『こだわり』押し付けてるじゃん。メーカー指定で」 「致し方あるまい。娘がただの陸士長だと思うと、つい従えと思ってしまうのだ。自衛官の(さが)」 「はあ!? ここ、自宅なんですけど! とかいいながら、私も心の隅で『陸将補にさからえない』とか思っちゃってる」 「だろだろ」 「将補、だし醤油、他素材も投入完了です!」 「よし、焼きたまえ」 「ラジャー!」  父子で高らかに笑い合った。
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