8.ワンコは忘れない

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「面倒くさいけれどな、大根おろしも絶対つける。ただし、母さんが準備するときはなくてもよし、食べたければお父さんの分だけ擦って準備、あるいはお父さんがお母さんのぶんまで擦るなどなど、だ」  父は定年しても大丈夫そうだなと安心できる姿だった。  一応、定年後も民間企業で働く予定はあるらしい。  自衛官の父と娘で、あたふたとした朝を過ごしているせいか、寿々花も『あの日』を忘れつつある。  あれから一週間。  ヨキの散歩に行かなくなって一週間。  こうしてきっと、あの嵐のように高まっていた気持ちも鎮まって、徐々に薄れていくだろう。  父と作った朝食を食卓に並べているところで、玄関先から『ワンワン』と吠える声が聞こえてきた。 「ん? ヨキか。母さんが帰ってきたかな」 「珍しいね、よっ君が吠えて帰ってくるって」  しかも玄関のチャイムが鳴った。母なら鳴らして帰宅することなどはない。  父と顔を見合わせ、父がインターホンに出た。  そこに映っている母の姿を見て、父が驚き、寿々花も驚き、二人揃って玄関へ直行する。  父が慌ててドアを開けたそこには、母をおぶさっている男性が立っていた。 「おはようございます、将補」 「ごめん、お父さん……。また足、痛くなっちゃった」  母をおぶった館野一尉だった。  いつものランニングウェア姿で母を背負い、彼の背中に乗っかっている母がリードを握りしめ、一尉の足下にずっとついてきただろうヨキもいた。 「よっ君が館野さんを追いかけて、追いつけなくて転んじゃったの」 「申し訳ありません。ヨキ君が追いかけているとは知らなくて、吠える声で気がつきました」  よっ君……。寿々花は力が抜けそうだった。
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