8.ワンコは忘れない

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 ここしばらく、寿々花流の散歩に慣れて、館野一尉をみかけたから追いかけてしまったのだと思った。  たとえヨキが走り出してもリードをコントロールすれば、犬はそれなりのスピードに抑えてくれるが、それでもいまの母の足では負担になるスピードだったのだろう。 「そうだったのか。すまない、館野。すぐ俺に連絡してくれても良かったんだぞ」 「いえ、お手間かと思いまして、朝は朝食を作っているとのことだったので、それなら自分がと。副官なので近所住まいですからついでです」 「それにしても――」 「将補。自分は、レンジャーですよ。これしき。妥当な判断だと言っていただきたいです」  レンジャーは夏季も冬季も40キロの装備をまとって訓練をする。夏の暑い時期も、氷点下極寒の冬山でもそれで進行する。  父もよく言っていた『寿々花を背負って歩いているようなもんだ』と。  だから、館野一尉にしてみれば、女性ひとり背負って歩くなど、またもや言葉通りの朝飯前ということらしい。 「でも、私……。レンジャーの装備より10キロぐらい重いと思う……」  母が気恥ずかしそうに言いながら、館野一尉の背中に顔を隠した。 「ぜんぜん重くないですよ、奥様」  そこ、上官の奥様にはさわやかに笑うんだと寿々花はちょっとムッとしたりした。 「そうか。完治していないということだな。あとで自衛隊病院に連れて行ってやろう」 「それならば。本日はお車をこちらに回します。将補の登庁の際に、お連れしたらよろしいかと」 「そうだな。ならば、今日は少し遅れて行く」 「かしこまりました。では、お支度ができた時間に連絡をください。自分は旅団長秘書室で待機しています」  館野一尉の背中からそっと降りる母を、父が支えにいく。
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