8.ワンコは忘れない

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 そのテーブルの席についた館野一尉が目を瞠っている。 「これ。将補がお作りに? 旅館みたいな食卓ですね!」 「なかなかいいだろう~。夫婦で力を合わせてつくると、こだわったものが準備できるぞ。ま、今日は娘と一緒に作ったのだけれどな。我が家の味をビシバシ躾けているところだ」 「お父さん、こだわっている味を躾けるだなんて、モラハラに聞こえるからやめて」  いつもの調子で父親だからこそ、自然に茶々を入れたのに、館野一尉がくすっと笑いをこぼしている。 「よろしいですね。お嬢様と一緒に朝食を作れるお父様ですか。素敵な朝食です。喜んでいただきます」 「よしよし、たくさん食っていけ」  ご自慢のこだわり朝食を部下に食べさせられて、父も満足げだった。  転んで汚れた服から着替えきた母がダイニングに戻ってくる。一緒にテーブルについて、今日敷地内にある自衛隊病院に行くことを、父と館野一尉と話し合っている。  寿々花はヨキのご飯を準備して、食卓に着き、司令部の上官ふたりと母が話し合っているうちにサッと済ませて、自室へと戻った。  いつもどおりのペースで制服に着替える。いつも通りの支度をして、いつもの時間に家を出ようとした。  でかけようとしたら、ダイニングにはもう館野一尉はいなかった。  父も制服に着替えはじめ、母はヨキが留守番できるようにして、自分も病院にいく準備をしている。  そんな母に寿々花は話しかける。 「お母さん、明日からまた私が散歩に行くよ」 「そうね、よろしく頼むわね。まだちょっと早かったかな」  もしかして。まだ無理かもと思っていたのに、散歩に復帰した?  あのタイミングで復帰すると言いだした不自然さと、母の復帰はまだ早い段階での決断に、寿々花はますます違和感を持った。もしかして、寿々花の気持ちに気がついていた?
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