9.息子に会いたい

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「自分がひどく意固地になっていたと思わされました。あのあと、寿々花さんに酷いこと言ったと自己嫌悪に陥っていました。いままでどの女性にも、寿々花さんに言い放ったような対応をして来たので、自分としては間違っていないつもりでした。それでも上官のお嬢様ですから、翌日散歩の時に、せめて謝ろうと思ったら、お母様がよっ君の散歩を。遠目に確認して、もう寿々花さんは来ない。もう嫌われたと思いましたよ。ですが、自分が仕向けたことです。それに寿々花さんは自分より幾分かお若いので、訳ありの男など相応しくない。将補にも申し訳ないと思っていますから」 「一尉が傷ついた気持ちを考えると致し方ないことです。平穏を保とうとしている一尉の心を、子供っぽい私の後先考えない行動で乱してしまったのでしょう。申し訳ありません」  気がついた。あの時、実は一尉も全力で寿々花に気持ちをぶつけていたのではないかと……。 「明日から、また寿々花さんがお散歩担当ですよね」 「はい。でも、時間を変えたほうがいいでしょうか。もうヨキと遭遇しないように」 「いいえ。いままでどおりでよろしいですよ。その代わり、お母様が散歩に復帰したときのことを考えて、ヨキ君を自衛官仕様の散歩から、ママさん仕様のお散歩になるよう、穏やかに歩きましょう」 「自衛官仕様ですか、たしかに。私、ヨキとおもいっきり走っていましたもんね」  寿々花もおかしくなって笑い出していた。彼も微笑んでいる。 「ヨキ君のおかげかな……。意固地だった俺の気持ちなど、しらんぷり。どうでもよくなりました」  彼がそっと目を閉じた。でも微笑みは残っている。  ライラックの香りが風に乗ってきて、彼の微笑みが甘く記憶されていく。
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