13.アカシアの甘い日

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 旅団長室を出て行く時、彼がドアを開けたそこで、室内へと振り返った。 「伊藤陸将補、自分のために、ありがとうございました」  父が『いいの、いいの』と手を振って、さっさと行くように彼を促す。  彼がドアを閉めると、父と二人きりになった。 「さてと。そろそろ、あちこち終わりの時間かな」 「お父さん、あの……」  父がデスクから立ち上がり、窓辺へ向かい寿々花に背を向けた。  まだ民間人や隊員で賑わう外を見つめている。 「あとは彼と話したらいいだろう。とっておきの話を、本気でこんなところでするもんか。そんな話はふたりきりの時にするものだよ」  少なくとも。寿々花の気持ちは、父にも母にも知られているとわかった瞬間でもあった。 ---✿  その後、館野一尉がどのようにして鳴沢夫妻を見送り、息子の拓人君と別れたのか。寿々花にはわからなかった。  夕方になると、賑わっていた駐屯地も静かになった。  音楽隊での解散ミーティングを終える。堂島陸曹から『あちらのご両親、すごい不機嫌そうに拓人君を引き取りにきてね。二度と来るもんか――なんて私に言うのよ。なによ、あれ』と再び憤慨していた。館野一尉が後のことはすべて引き受けるからと、堂島陸曹も従ったとのことだった。 『また二人だけで、じっくりと話しましょう』と、陸曹と飲みに行く約束をすることに……。  とりあえず自宅に戻って、母と話そう。  駐屯地内のコンビニで、お疲れ様デザートを選んで、レジ袋片手に外に出る。
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