13.アカシアの甘い日

3/8
前へ
/196ページ
次へ
 外に出るドアを開けたそこに、夕の優しい光の中、その人が立っていた。 「今日はありがとう」 「一尉……。お疲れ様でした。大変でしたね」 「俺も帰るところなんだ。一緒にいいかな」  一尉に誘われ……。周囲の目線が気になったが、寿々花は頷く。  彼と一緒に並んで歩いて、駐屯地の外に出た。 「公園に行こうか」 「はい」  制服姿の男と女が徒歩で夕暮れの真駒内(まこまない)の街を歩く。  近くに自衛隊の官舎団地もあるし、この街ではよく見かける光景かもしれない。  いつもは朝出会う公園へ。まだ青い空を残している六月の夕だが、光は柔らかくなっていて、気温も少し下がって風はひんやりとしてきた。それでも、公園内に入ると、アカシアの甘い香りが強くなる。 「北海道の初夏の香りだね。久しぶりの北国住まいだけれど、懐かしく思い出すよ」 「そうですね。私にとっても久しぶりの香りです」  いつもはヨキと歩いている道を、今日は彼とふたりきりで歩いている。 「ほんとうにありがとう。俺はたった一人だと思っていたけれど、そばに将補と、お嬢さんのあなたがいてくれて心強かったです」 「いいえ。一尉が決意されたことなので、初めて会う息子さんと素敵な時間になればいいとそれだけ。私だけでなく、父も母もおなじです。あ、堂島陸曹も、前からお知り合いだったとかで、同じように思っていたようです」 「うん。彼女とまたここで再会するとは思わなかったけれど、当時から気を遣ってくれていたことは知っていたから……。今回も有り難く思っています。改めて御礼を伝えるつもりです」  歩いているうちに、いつもヨキと一緒に休憩をするベンチが見えてきた。  館野一尉もそれに気がつき、二人とも自然にそこに腰をかけていた。
/196ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1276人が本棚に入れています
本棚に追加