13.アカシアの甘い日

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 愛した女性に裏切られ、息子を盾にされて、搾取されてきたことから目が覚めた男にとって、女性を信頼できるかできないかはいちばん大事なことなのだろう。 「俺のそばに、いてくれませんか」  アカシアの香りがただよう夕風の中、寿々花は制服姿の彼に微笑む。 「はい。よろしくお願いいたします」  彼の冷たかった黒目が熱く溶けていくのを感じた。  でもそれ以上に、彼が微笑んでくれているのが嬉しい。 「でも。その前に……。もう一度、言いますね。自衛官という男は……」 「わかっています」 「俺があなたを望んだら。甘いところだけ貪って貪って、それだけで終わることだってあるのですよ」  あの時の自衛官としての使命は変わっていない。  男としての気持ちが軟化しても、それだけは。 「わかっています。私も自衛官の娘であって、自分も自衛官です」 「将補が大事にしているからこそ。男の気持ちだけで、大事なお嬢様を押しつぶしたくない」  彼が寿々花を想って言ってくれているのだとわかっている。  だが、寿々花は答える。はっきりと。彼の目を見つめて 「貪って、それだけでもいいです。私も、甘いところだけ貪ってもいい」  あなただけと愛しあった思い出だけでも欲しい。  あなたにも親愛なる女と愛しあったという思い出を持って欲しい。  それが寿々花の願いになっていくのだろう。それが僅かな瞬間だけでも、彼にとって嘘偽りのない時間になって、いつも胸に携えていてほしい。険しい使命を課せられた時も。 「どんなに甘いか、私は知りたいです」 「うん、わかった。ありがとう」  そっと目を閉じた彼が静かに答えてくれた。とても安らいでいる穏やかな面差し。そんな顔ができる居場所を得られた男の顔だと寿々花は思いたい。
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