1.育ての父親

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 孫がひとり既にいる父と母は五歳児のお相手もなんのそので、うまく外に連れ出してくれ、ヨキと一緒に拓人の面倒を見てくれる。  その間に。寿々花は彼らの元に戻り、今度は将馬の隣に座らずに、少し離れた席へとひとり座り落ち着く。  ――寿々花にはそばで聞いていてほしい。君の将来にも関わるから。  彼にそう言われ、寿々花もついてきた。そして、話し合いに口を挟まずそばにいることを許してもらっていた。  それを見届けた一尉が、鳴沢氏と向き合った。 「遠いところわざわざ出向いてくださって、ありがとうございました」 「いいえ。ご連絡、ありがとうございました。どうにも事態がまとまらないので、助かりました」 「それから……。これまで拓人を誠心誠意、大事に育ててくださって御礼申し上げます。初めて会った日、自分が思い描いていたとおりの、愛らしく元気な理想的な男の子だと、感激いたしました。その時のことを、いまでも何度も思い返しております」 「そういっていただけると、いままでの心苦しさも和らぎます。こちらこそ、不義理を犯した自分に任せてくださり、長い間、申し訳なく思っておりました。館野さんの権利を踏みにじってきたこと忘れた日はありません。償う気持ちもありましたが、だからとて、拓人を償うためだけの気持ちで育ててきたこともありません。貴方にいつか会う日が来ても、あなたの代わりに育ててきた父親として恥ずべきことがないようにしてきたつもりです」  一席二席離れている場所で聞いている限り、鳴沢氏は血縁ではないものの、しっかりした意志を持っている常識的な男性に寿々花には感じる。
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