2.操れない男

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「そうですね。結婚するまでは、男が結婚したい女を一生懸命に頑張ったのでしょう。所謂、釣った魚に餌はやらないの女性版にひっかかった気分でしたね。『釣った魚は、こき使え』だったかもしれません。ほんとうにつくづく……俺も思っています『彼女には自衛官の妻は無理』だって。自衛官の幹部である男性は好きなように操れないと婚約中にわかったんでしょうね。そりゃ逃げ出したくなっただろうと思いました」  将馬が呆然と、脱力したようにして椅子の背もたれにもたれかかった。 「ああ、なるほど。いまになって、どうして逃げられたのか腑に落ちました。ああ、そうだったのか」 「いや、俺もころっとほだされてしまいましたし。いつのまにか外堀を埋められて、一緒に責任を取るような形になっていましたね。いえ、知らなかったとはいえ、館野さんには憎まれて当然の立場であったのは間違いはないのです。その時の申し訳なさもあって、子供はちゃんと俺が父親として育てようと決意できました。それは嘘ではないです」  今回、互いに連絡を取り合って初めて対面することになるまでの『いきさつ』を聞き、寿々花の内側からまた熱い怒りが込み上げてくる。  あの駐屯地記念日の父子初対面後、鳴沢家は一気に崩壊へと加速していったようだった。  しかも母親の彼女が、拓人をそんな理不尽に扱っていたなんて――。  寿々花が怒りを持ったのだから、父親である将馬はなおさら、既に、あの恐ろしい男の形相に変わっていた。  ヨキと無邪気に走り回っている男の子。あの子はいま宙ぶらりんの存在にされかけているのだ。生みの母に捨てられ、血の繋がりのない父親と一緒にいる状態ということに。
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