ナス女、の巻

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「……お休みの日とか、普段、何されてるんですか?」  私がスマホをカバンの中にしまったので、駆って人が、またそう話しかけてきた。 「あっ。すいまっ。えっ、ええーっと……」 「……聞かれてんだからよ。早く答えろよこのボケが」  私はまたハッとして、おかっぱの子を見た。自分の梅酒のロックを飲み干して、こちらに背を向けて手を上げ、店員さんを呼び、同じものを注文している。  周りの人は、聞こえていないのか、それとも聞こえてはいるけど黙っているのかーー不思議になんの反応も示さずにいる。  私は、胸騒ぎをしいて押し込め、その気持ちを切り替えた。 「……あの」 「はい?」 「マンガーーお好き、なんですか?」  あらためて、私は駆って人にそう話しかけてみた。すると彼は嬉しそうに、 「そうですね。好きですよ、マンガ」  と答えた。 「私もです。なので休日は、うちでマンガ読んだりしてます」 「ほんとですか。じゃ、話合いますね」 「……たとえばどんなマンガ家さんがお好きなんですか?」  聞くと駆って人の、軽く躊躇(ちゅうちょ)するような、そんな感じが伝わってきた。 「ええーっと……で答えてもいいですか?」 「はい」 「つげ義春とかかな」  ……つげ義春。 「大貫さんは?」  こちらもで答えていくべきなのか、それとも女の子らしい好印象を与えるため、ある程度のチューニングを施していくべきなのかーー。  ひとしきり考えたあげく私は、 「諸星大二郎とか、ですかね」  って答えた。 「……モッ。えっ。ほんとですか? 趣味合いますね!」  駆って人の目の色が、明らかに変わったのがわかった。  隣で真美が、もうついていけない、って顔して頭を振ってる。  それからしばらく、私たちはマンガ談義に花を咲かせた。  複数人のいる中で、あからさまな「いい感じな二人ゾーン」みたいなのを作り出して、そこに閉じこもるのって正直照れくさいし、あんまり好きじゃないんだけど、ゾーンがいったん形成されてしまった以上は、それも仕方ない。すっかりほろよい状態のミキちゃんも、楽しげにこっちを見てるし、他の男性陣も、駆はしょうがねーなあ、みたいな顔して放置してる。  でも、正直さっきからずっとーー私はあの黒づくめの女の子のことが、気になって仕方がなかった。  終始あんまり楽しそうにしてないし、男の人が話しかけても、ハタから見ててもけっこうな塩味対応だ。  私の数少ない合コン経験から言っても、そういう子って少なからずいるし、なんのために参加してるのかな、なんて思いつつ、自分もまあ、そんな人のこと言えないんだけど。  もう一杯だけ飲もうか、それともそろそろウーロン茶に切り替えようか、って迷ってると、駆って人が、 「これ、美味しいよ」  って、ちょうど運ばれてきたばかりのアツアツの料理を、私に差し出してきた。  見るとそれは、スナック風にカラッと揚げて、マヨネーズにつけて食べるタイプのだった。 「あっ」 「……? どうしたんですか」  駆って人が、不思議そうに首をかしげた。  そのとき私は、急に吐き気を覚えてきた。  なんせゴボウはもう、見るのも嫌なのだ。  昨日もゴボウ今日もゴボウ、明日もゴボウ。そんな毎日だったのだから。  もう、食物繊維はまっぴらだ。 「……おめえの、大好物じゃねえか」 「……」  私にははっきりと、その言葉が聞こえた。呆然として、あの黒づくめの女の子と、目を合わせた。    通りがかった店員さんにウーロン茶を注文すると、私はカバンを持ってトイレに行った。  駆け込むようにして個室に入ると、便器に向かって嘔吐しようとした。でもえづくだけで、何も出てこない。
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