だめ、絶対

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「だめ。ものたりない」  彼女はこぼした。  今までその小さな手の中でこねくり回していた機体を、背中を預けていたベッドに放射線を描くように投げる。重力のままに落ちる機体は言葉が話せたなら、この扱いは解せぬと言うだろう。残念なことに機体は話すことは出来ず、埋もれるようにぺらっぺらの布団に落ちた。  会話が可能なのは彼女だけで、先程までの彼女は馴染みのあるゲームの世界でアバターを操作し、集めた仲間に向けて的確に敵を倒せとそれぞれ指示作業をしていた。縛りプレイがあるイベントが終わってしまったあとの日課クエスト消化は、ほぼ何も考えなくても攻略可能なクリックゲームに近い。  だからこそ、物足りなくなった。  物足りないが、だからといってすぐに代案が浮かぶほど彼女は趣味らしい趣味が殆どない。  出かけるにはお洒落をしなけれはならないが、そこまでする元気は欠片もない。そんな元気があるならゲームしていないでカフェでのんびりしてる。  聞こえるのは風の音と雨音。それも結構やばめな音だった。そんな日にわざわざ外に出るのも嫌だった。  それでも。 「……どこか行きたいなぁ」  これが逃避でしかないのも理解して、手入れするのすら放棄した長い髪と寝起きすっぴんのままの顔をベッドというのも烏滸がましい布団に押し付けるように突っ伏した。  このまま昼寝とかしたら最高かもしれない。 「あ!」  がばっと身を起こした。 「良いものあったの忘れてたよ〜!」  数十分後。  汗だくになりながら狭い部屋をひっくり返して探しものを見つけ出し、冒険の旅にいざ……! ――なんてことは、なかった。 「お家温泉!! やっぱ最高〜〜〜!!!!」  アロマキャンドルを湯船に浮かべ、部屋から発掘した白濁した温泉の素をいれたお湯に身を委ね、これでお酒が!!!ってところは諦めて炭酸水をビールのように味わいながら、湯上がりにはご褒美アイスを堪能するんだと狭いお風呂で長風呂を楽しんでいた。 「っぷは!!……んー!!! よき〜〜〜〜!!!」  おっさん臭いが誰が見てるわけでもない。プライベート空間で出来ることが可能な範囲であるならば何をしようが彼女の自由である。部屋の主は彼女なので。 「さて、と」  お湯にひたりながら、おもむろに彼女が手に取ったのは、先程投げられた機体(防水仕様にはしてある)だった。 「よっし目標設定はカンスト!やるよ!!!」  そう宣言してものたりないと呟いていたゲームの世界に舞い戻る。  およそ120分ほど後。  盛大なくしゃみがバスルームに響いた。 「追い焚き機能がないの忘れてた!!!!」 終わり。
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