第2話

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第2話

 一生の片想いを覚悟していたハイファは、勿論嬉しくて舞い上がった。  だがその影響が思いも寄らぬ処にまで波及したのだ。  想いが叶ってシドと結ばれた途端に、それまでのような手法での別室任務が遂行不可能になってしまったのである。七年もの想いの蓄積故か、敵をタラしてもその先ができない、平たく云えばシドしか受け付けない、シドとしかコトに及べない躰になってしまったのだ。  使えなくなったハイファを救ったのは、当時別室戦術コンが吐いた御託宣、『昨今の事件傾向による恒常的警察力の必要性』なるものだった。そうしてハイファは惑星警察に出向という名目の左遷となり、本人には嬉しいシドとの二十四時間バディシステムが誕生したのである。 「それとも貴方が僕なんか要らないと仰るなら考えますけど、どうされますか?」 「別に要らないとは言ってねぇだろ」  今も昔も完全ストレート性癖を標榜するシドは、まさか自分がハイファに堕ちてしまうなどとは思いも寄らず、まさに青天の霹靂だった。  だが堕ちてしまった以上はハイファが愛しくて堪らない。そんなハイファが別室任務で誰かを抱き、また抱かれるのだと思うと苦しくも悔しかった。だからハイファの出向は渡りに船だったのである。  それにシドにはずっとバディがいなかった。  勿論、ポリアカを出て十八歳で任官した当初はAD世紀からの倣いである『刑事は二人で一組』というバディシステムに則って、何人ものバディがついた。だが誰一人としてクリティカルすぎるシドの日常についてこられる者がいなかった。誰もが一週間と保たず、五体満足では還ってこられなかったのである。 「みんな死んじゃって、貴方のバディに立候補するような気合いの入ったマゾはいなくなった挙げ句、何年も単独捜査を余儀なくされてきたんですもんね」 「誰も死んでねぇって。みんな病院で蘇生して再生・復帰したぜ?」 「心臓を吹き飛ばされても処置さえ早ければ助かるレヴェルの現代医療のお蔭でね」 「いい加減に嫌味なその言い方、やめろよな!」 「だったら貴方こそ職場で僕との仲を否定するのをやめて下さい」 「うっ……それとこれとは関係ねぇだろ!」  これに関しては弱いシドだった。喚きながらも自分の左薬指に嵌ったリングを見下ろす。ハイファとお揃いのリングはシド自らが購入してきたものだった。  こんなものまで嵌めておきながら、未だにヘテロ属性を言い張るシドは、職場関係諸氏に対し、ハイファとのことを否定し続けている照れ屋で意地っ張りなのである。  ハイファがやってきた当初、シドは不思議なほどに女性率の低い職場に於いて、『男の彼女をつれてきた』などとからかわれ、冷やかされて難儀したのだ。躍起になって否定したのだが、結局それは事実となってしまった。  それでも独り頑強に否定し続け、今に至っている。もう周囲が二人を完全にカップル認定しているのはシドだって知っていた。こんなものを嵌めてまで否定するのは滑稽だと気付いてもいた。だが今になって主張を翻すこともできなくなってしまい、真顔で否定するのも苦しくなってきて、最近はたびたびドツボに嵌っているのである。 「同性どころか異星人とでも結婚して、遺伝子操作で子供だって作れる時代に、どうしてそこまで否定するのサ? その姿勢が元カノをパーソナルネームで親しく呼ぶような――」  結局は昨夜からの喧嘩の原因に帰着してしまい、ハイファはまたプリプリし始めた。 「あー、もういい。分かったから、今はタタキだろ、そうだろ?」  強引に話を終わらせてシドはハイファを促し、ダイナ銀行へと近づく。  オートドア越しに内部を窺うと、調子に乗ったタタキ二人組はカウンターに半ば身を乗り上げるようにして、制服姿のお姉さんを脅していた。今どき銀行にだってリアルマネーは積んでいない。手首に嵌めたリモータにクレジットを移させているのである。  まだ朝の強盗劇に通行人は気付いていない。シドとハイファはためらいなくセンサ感知し、オートドアから行内に足を踏み入れた。ふいの闖入者にタタキ二人が振り向く。シドは僅かに先行してハイファを庇いながら大喝した。 「惑星警察だ、両手を挙げて頭の上で組め!」  驚いたタタキ二人が反射的に銃弾を放つ。腹と胸に蹴りを入れられたような衝撃に二歩後退しながらシドは銃を抜き撃った。同時にハイファもシドの肩越し、ダブルガン状態にも構わずトリガを引いている。速射で二発ずつ、「ガォン!」という撃発音と「ガシュッ!」という発射音が交差した。  太陽系では私服司法警察員に通常時の銃携帯を許可していない。シドとハイファの同僚たちも持っている武器と云えばリモータ搭載の麻痺(スタン)レーザーくらいだ。それすら殆ど使用することはないというのに、イヴェントストライカが日々を生き抜くにはスタンなどでは事足りない。  銃はもはや生活必需品で、捜査戦術コンも必要性を認めている。  シドの愛銃はレールガンだった。  セントラルエリア統括本部長命令で武器開発課が製作し特別貸与されているこれは、針状通電弾体・フレシェット弾を三桁もの連射が可能な巨大なシロモノで、マックスパワーなら五百メートルもの有効射程を誇る危険物である。  右腰のヒップホルスタから下げてなお、突き出した長い銃身(バレル)をホルスタ付属のバンドで大腿部に留めて保持していた。   ハイファもイヴェントストライカのバディを務める以上、銃は欠かせない。  ソフトスーツの懐、ドレスシャツの左脇にショルダーホルスタでいつも吊っているのは火薬(パウダー)カートリッジ式の旧式銃だった。薬室(チャンバ)一発ダブルカラムマガジン十七発、合計十八連発の大型セミ・オートマチック・ピストルは名銃テミスM89のコピー品である。  撃ち出す弾は認可された硬化プラではなくフルメタルジャケット九ミリパラベラムで、異種人類の集う最高立法機関である汎銀河条約機構のルール・オブ・エンゲージメント、交戦規定に違反していた。パワーコントロール不能の銃本体も違反品である。  元より私物を別室から手を回して貰い、特権的に登録し使用しているのだ。  二人の放ったフレシェット弾と九ミリパラは、狙い違わずタタキ二人の腕に着弾。銃を持ったまま腕はちぎれてゴトリと落ちる。血飛沫が舞い、お姉さんが悲鳴を上げた。 「ハイファ、リモータ発振で署に同報及び救急要請」 「アイ・サー」  おもむろにシドはベルトに着けたリングから捕縛用の樹脂製結束バンドを引き抜いて、泡を吹き倒れたタタキ二人の腕を締め上げ止血処置をする。  そうしているうちにもう署の方からサイレンが響き始め、小型BELの緊急機が二機飛来して大通りの路肩に駐まった。先頭切って降りてきたのはシドとハイファの同僚でもある七分署・刑事部機動捜査課員である。昨夜から上番の深夜番で主任のゴーダ警部が野次馬をかき分けて行内に入ってくると、いきなりシドの背をどついた。 「朝っぱらからタタキとは、やってくれたな、イヴェントストライカ!」 「痛てて、俺がタタキをした訳じゃないですって」 「あと十五分で下番の俺様に報告書類をこさえてくれるとは、どうなってんだ、ええ?」 「書類の二、三枚くらい、たまにはいいじゃないですか」 「ふん、偉そうな口を利くようになりやがって!」  同行してきたもう一人の深夜番でゴーダ主任のバディであるペーペー巡査のナカムラが気の毒そうにシドを見る。一方でこれも同行してきた鑑識班長が笑った。 「カードゲームに負けて深夜番を背負ったゴーダさんはまた博打、この上番中に『イヴェントストライカが事件を起こさない方』に明後日の深夜番を賭けたんだとさ」 「だから俺が事件を起こしてる訳じゃ……」 「うるせぇ、シド。とっとと実況見分やるぞ!」  誰もシドの話を聞いてはくれず、ムッとしたところで中型BELの救急機が現着する。作業服とヘルメット姿の救急隊員らが自走ストレッチャを伴い走ってきた。気を失ったタタキ二人とちぎれた腕二本を回収し、救急機内の移動式再生槽にボチャン、ザブンと投げ込む。そのままテイクオフ、管内のセントラル・リドリー病院へと駆け去った。  残ったメンバーで慣れた実況見分をするすると終わらせる。 「おーし、撤収だ撤収!」  ゴーダ主任が叫ぶ中、ナカムラが恐る恐るシドに近づいてきた。 「あのう、ヴィンティス課長からの伝言です。歩いてくるな、BELで来いと」 「ああ? 署はもう見えてるじゃねぇか。俺には朝の爽やかな空を拝みながら出勤する権利もねぇって言うのかよ。ふざけんじゃねぇぞ、俺は歩いて行くからな!」  理不尽にも唸られたナカムラは首を竦め、ゴーダ主任らと共にBELで去る。  そうしてシドとハイファは残りの道のりを歩き、七分署の正面オートスロープではなく脇の階段を自前の足で上った。エントランスをくぐりロビーを縦断して左側、一枚目のオートドアから機動捜査課の刑事(デカ)部屋へと足を踏み入れる。  入って右にあるデジタルボード、自分たちの名前の欄を『自宅』から『在署』に入力し直すと、八時半の定時も随分と過ぎた九時二分、大遅刻して出勤は完了だった。  するとすぐにヴィンティス課長から陰惨な声が掛かる。 「シド、若宮志度巡査部長。ハイファス=ファサルート巡査長、前へ」 「どうしたんですか、課長。冷蔵庫で一ヶ月忘れられた安いハムみたいな顔色してますよ?」  部下の毒舌に引き攣りながらもヴィンティス課長は再び二人を呼んだ。上司は上司、シドとハイファは哀しみを湛えたブルーアイの前に直立不動の姿勢を取る。
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