第3話

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第3話

「シド、三日連続で朝から狙撃逮捕した気分はどうかね?」 「嫌味なら結構です、間に合ってますから」 「そうか。だがわたしはBELで出勤しろと言った筈なのだが、聞かなかったのかね?」 「たかが三百メートル、歩いたって同じじゃないですか」 「同じじゃない、その『ツアー客』はいったい何だね?」 「ひったくり二名と痴漢一名の計三名ですが、それが何か?」  シドとハイファの間には結束バンドで数珠繋ぎになったマル被が三人、うなだれて立っていたのであった。ヴィンティス課長は深々と溜息をつき、ゆっくりと頭を振る。 「大体キミは今週の管内の事件発生数を知っているのかね?」 「そこまで俺がヒマに見えるなら心外です」 「知らないなら教えてやろう。キミの事件遭遇(イヴェントストライク)数と殆ど同じなのだよ。キミが勝手に練り歩くお蔭で管内の事件発生率はウナギ登り、狙撃逮捕件数も以下同文だ。わたしはもうセントラル統括本部長に何と報告してよいやら――」  毎朝恒例の説教を垂れながら、ヴィンティス課長は多機能デスク上の薬瓶を取り、赤い増血剤とクサい胃薬を掌に盛りつけて、デカ部屋名物の通称泥水コーヒーで嚥下した。 「そもそもはキミのイヴェントストライカとしての自覚が足らんことが原因で……」 「あー、続きはあとにして下さい、あとに。俺は課長より忙しいんです」  一方的に話を切り上げると、シドはデカ部屋内を見渡してヒマそうな人員に声を掛ける。 「応援願います! マイヤー警部補はハイファとひったくりに付き合って下さい! ヤマサキは俺に付き合え! ケヴィン警部とヨシノ警部もお願いします!」  招集を掛けておいて被疑者たちを取調室へと連行した。応援を得てさっさと取り調べを済ませると、地下の留置場に放り込んでおいてシドはデカ部屋に戻る。  自分のデスクに着くと上着を脱いで椅子に掛けた。ドカリと座ってまずはポケットから煙草を出し、一本咥えてオイルライターで火を点ける。暢気に紫煙を吐いているとハイファも戻ってきた。  泥水の紙コップを手渡され、煙草と交互に口に運んだ。 「ふあーあ。この宇宙時代にひったくりと痴漢だぞ、信じられるか、おい?」 「誰かさんのお蔭で大抵のことは信じられるようになっちゃったよ」 「ふん、俺がやってる訳じゃ……っつーのも言い飽きたぜ。ふあーあ」 「眠そうだね。じゃあ、ちょっと待ってて」  言い残してまたハイファが消え、戻ってきたときには書類の束を手にしている。二十枚の紙切れのキッチリ半分をシドのデスクに置き、ハイファは右隣の自席に着いた。 「ひったくりに痴漢にタタキの狙撃逮捕、それに始末書A様式。頑張りましょうねー」  始末書は衆人環視での発砲によるものだ。二人の射撃の腕は超A級、惑星警察でも特級射撃手認定されているが、一般人のいる場所での発砲は考えられる危険性から警察官職務執行法違反となり、問答無用で始末書事案となるのである。  十枚もの書類をペラペラ捲り、シドはうんざりと溜息をついて背後を見回した。  リモータでゲームをする者、噂話に花を咲かせる者、デスクで居眠りする者、鼻毛を抜いて長さを比べる者に、情報収集用に点けてあるホロTVに見入る者、本日の深夜番を賭けてカードゲームにいそしむ者など、皆が皆ヒマそうで誰も仕事はしていなかった。  機動捜査課は本来、殺しやタタキなどの凶悪事件の初動捜査を専門とするセクションだ。そういった事件の知らせ、いわゆる同報が入れば飛び出してゆかねばならない。故に機捜課は一階にあった。だが事実として同報など殆ど入らない。  ここはテラ本星セントラルエリアである。義務と権利のバランスが取れ、あとからテラフォーミングされた星に比べて妙なエリート意識の漂う社会で、躰を張って凶悪犯罪に挑むような人種は絶滅の危機に瀕していた。皆、醒めているのだ。  そんな世相で機捜課に同報を入れるのは殆どシドばかりとなっている。だからといって血税でタダ飯を食らってもいられないので、僅かな在署番をデカ部屋に残し、大部分の課員は他課の張り込みや聞き込みにガサ入れ要員などといった下請け仕事に出掛けているのが常だった。  ペンを取りながらハイファがチラリとこちらに目を向ける。 「それを書き終わらないと、今日はオモテに出しませんからね」  女房役の宣言にまたも溜息が出た。だがここまで用意され、見張られていては仕方ない。溜め込んで困るのも自分だ。しぶしぶペンを手にした。書類は今どき何と手書きが原則なのだ。  情報漏洩防止や機密保持の観点から先人が試行錯誤した挙げ句のローテク、筆跡は内容とともに捜査戦術コンに査定されるので、余程の理由がない限りは本人が書かなければならない。  慣れた書式を酷い右下がりの文字で埋めながらシドが呟く。 「宇宙を駆け巡るスパイも書類漬けとはな」 「何度も言ってるけど、それをここで口にしないで。軍機なんだから協力してよね」 「これ以上なく協力してるつもりなんだがな。けど幾ら軍事機密ったって、こんなもんまで嵌めてるんだ、みんなもう俺たちには秘密があるって悟ってるぜ」  と、シドは右手のペンを休ませずに左手首を振って見せた。  そこに嵌ったガンメタリックのリモータは惑星警察支給の官品に限りなく似せてはあるが、それより大型の別物である。ハイファのシャンパンゴールドと色違いお揃いで、惑星警察と別室とをデュアルシステムにした別室カスタムメイドリモータだった。  これはハイファと今のような仲になって間もないある日の深夜に、寝込みを襲うかの如くゲリラ的に宅配されてきたのである。それをシドは寝惚け頭で惑星警察のヴァージョン更新と勘違いし、嵌めてしまったのが運の尽きだった。  シドにこんなモノは無用の長物、だが気付いて外そうとしたときにはもう遅い。  別室リモータは一度生体IDを読み込ませてしまうと、自ら外すか他者から外されるかに関わらず、『別室員一名失探(ロスト)』と判定した別室戦術コンがビィビィ鳴り出すという話で、迂闊に外すこともできなくなってしまったのである。まさにハメられたという訳だ。  その代わりにあらゆる機能が搭載され、例えば軍隊用語でMIA――ミッシング・イン・アクション――と呼ばれる任務中行方不明に陥っても、部品ひとつひとつにまで埋め込まれたナノチップが発振し、テラ系の有人惑星なら上空に必ず上がっている軍事通信衛星MCSが信号をキャッチするので、捜して貰いやすいなどという利点もある。  おまけにハッキングなども手軽にこなす、スパイ用便利ツールだった。  だが何故に刑事の自分がMIAの心配をしなければならないのか分からない。どうして司法警察員の自分がキィロックコードをクラックしてまで他人のBELを盗んで逃げ回らねばならないのかも不明だ。  そう、別室はハイファを刑事に仕立てておいて放っておくような、スイートな機関ではなかったのだ。未だに任務を振ってくる。勿論タラす任務ではないが、代わりにイヴェントストライカという裏を返せば『何にでもぶち当たる奇跡のチカラ』に目を付け、シドとともに挑む任務を降らせて来るようになったのだ。 「くそう、別室長ユアン=ガードナーの妖怪テレパス野郎!」 「シド、貴方声が大きい」 「こんなものまで嵌めさせておいて、何処が軍事機密なんだよ?」 「お願いだから黙ってて」 「黙らせたかったら、口止め料、もとい、時給制でもいいから給料くらい払えってんだ。完全無給の強制ボランティアだぞ、俺がそんなにお安く見えるなら失敬な話だろうが」  ひととき書類の手を休めてハイファはシドの横顔をじっと見る。 「誰も貴方をお安い男だなんて思ってないよ。時給なんかに換算できないくらい誇り高い男だって知ってるから、室長だっておカネの話をしないんだよ」 「ふん、取って付けたようなこと言いやがって」  だからといって他星でマフィアと銃撃戦をし、惑星内全域で生死問わず(デッド・オア・アライヴ)の賞金首にされて逃げ回り、ガチの戦場に放り込まれ、砂漠で干物になりかけ、極寒の地で人間シャーベットになってまでタダ働きは酷いと思われた。  思い出して怒りがこみ上げ、筆圧が高くなって報告書一枚をだめにする。その様子にハイファが立って、新たな一枚を調達してきた。ひらりと置いて微笑む。 「でも貴方、惑星警察の方だってお給料要らないくらいのお金持ちなんだから、ケチ臭いこと言わなくたっていいじゃない」  こう見えてシドは結構な財産家なのだ。以前に別室任務で潜入した他星で手に入れたテラ連邦直轄銀行発行の宝クジ三枚が見事に一等前後賞にストライク大炸裂し、億単位のクレジットをモノにしてしまったのである。その平刑事には夢のような巨額は、テラ連邦直轄銀行で殆ど手つかずのまま日々子供を生みつつ眠っていた。  それでも刑事を辞めないのは天職だからという他ない。
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