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第7話
平和なテラ本星セントラルエリアで、昨今の惑星警察は実戦に重きを置いていない。だが軍側は部内幹候、全員が下士官上がりで一通りの訓練を受けている。
そのため毎年この戦競は軍側が圧倒的な勝利を収めていて、惑星警察側は盛り上がりに欠け、静かというのが常だった。
だがこの年の戦競に限っては違った。惑星警察側も大いに盛り上がった。シドが決勝戦まで勝ち残り、軍少年工科学校上がりのハイファとの一騎打ちに持ち込んだからだ。
動標射撃部門にエントリーした二人は戦競の歴史に残る熾烈な戦いを演じた。レーザーハンドガンで決着がつかず、有反動のパウダーカートリッジ式旧式銃まで持ち出され、揃って過去最若年令にして最高レコードを叩き出しても、どちらも一歩も退かなかった。
周囲が緊迫して見守る中、二百発を超えるまで相争い、そしてふいにハイファが大きく的を外したのだ。どう考えてもわざとである。
勝手に勝負の舞台を降りられ、勝ちを譲られてシドが喜ぶ筈もない。その場で食ってかかった。だがハイファはにこにこと笑いながら筋肉疲労で震える手を差し出し、握手を求めてギャラリーの注目を集めた上で言い放ったのだ。
『惚れたから、負け』と。
ギャラリーは呆気にとられた。シドも例外ではなかった。呆然としている間にハイファはシドに抱きつき、ディープキスをかましたのであった。
当時ウブだったシドは口の中と頭を柔らかな舌で蹂躙され、思考が真っ白になった。
しかしギャラリーの囃し立てる声に我に返ると、抱きついた男を突き飛ばすなり会心の回し蹴りでその場の決着はつけた。ハイファは笑顔のままでぶっ倒れた。
ところがそれで終わりにはならなかったのだ。
夜の部の打ち上げでシドは先輩たち(代表・当時マイヤー巡査長)にしこたま呑まされ、『あんな美人に告られっ放しか?』と煽られたのだ。それに対してシドは『いいや、男がすたる』と言ったらしい。勢いで軍のハイファの兵舎まで押しかけたらしい。
そしてあろうことかハイファを押し倒してヤってしまったらしいのだ。
そんなとんでもないコトをやらかしておきながら、一切の記憶がないのであった。
起きてみれば見覚えのない部屋でひとつベッドに一糸まとわぬ男が二人だ。シドは激しく勘違いをした。当時バイでタチだという噂のあったハイファに、逆にヤラれたのだと思い込んでしまい、何とそのまま七年が経過してしまったのである。
全ては一年と数ヶ月前二人がちゃんと結ばれた際に明らかとなりシドは仰天したのだが、ハイファはシドの親友の座を勝ち取るまで長い間苦労をし、シドは二度と失敗するものかと決めたあの夜以来、幾ら飲んでも酔うことはなくなったのであった。
食事中に仕事の話をしないというのがハイファの要請で二人の不文律となっている。だがいつの間にか思い出話になっていて、シドはポーカーフェイスを崩して苦笑いした。
「俺は一生このネタで責められるんだろうな」
「別に責めてないじゃない、僕だって悪かったんだしサ」
「そう言って貰えると助かるぜ。でも当時のお前の噂はポリアカにも響いてたもんな」
カレーのおかわり要求に応えて立ち上がったハイファが笑う。
「それを言ったら『ナゾの美少年・シド=ワカミヤ』も軍で有名だったよ」
「出会うべくして出会ったのかも知れんが、お前が動標部門に出てなかったら、俺たちは今頃こうしていなかったんだよな。お前は長モノの方が得意だしさ」
戦競ではシドに勝ちを譲ったハイファだが、本来ハイファは長モノ、つまりライフルなどの方が得意なのだ。幹部候補生課程を修了してから別室にスカウトされるまでの二年間スナイパーをやっていたほどである。
今でも別室でスナイプの任務を請け負うその腕は、減衰しないビームライフルなら三キロもの超長距離射程を誇る。こればかりはシドも敵わない。
「そうだよね。けど僕は間違ってなかった」
「そうか。俺だってカケラも後悔してねぇからな」
「ありがと。サラダもちゃんと食べてね」
「分かってる、食うってばよ」
生野菜が得意ではなく酸っぱいものも嫌いなシドのために、ノンオイルドレッシングまで手作りのミモザサラダをモサモサと食した。その間にもTVではアナウンサーとアナリストが略取誘拐事件について盛り上がっている。
暫し耳を傾けたのち、シドはハイファに訊いた。
「ホステージ・レスキュー・チーム、HRTっつーのは昔からあるのか?」
「うん、AD世紀から知られてるよ」
「保険屋の交渉専門官、ネゴシエーターとは違うのか?」
「そうだね。略取誘拐に対応するだけじゃなくて、部隊創設の目的はカウンターテロリズム、普通はもっとクリティカルな立て篭もり事件なんかに投入されるんだよ」
「へえ、なるほどな。でもそんな部隊が何で企業役員の誘拐に関わったんだ?」
少しシニカルな笑いを浮かべてハイファは肩を竦めた。
「ファンリントンはテラ連邦議会のたった七百議席のうち、ふたつを自社が推す議員に温めさせてるからね。軍に泣きついたんじゃないのかな」
「地獄の沙汰もカネ次第ってか?」
「そういうこと。まあ、僕らには関係ない話だよ」
二度もカレーをおかわりしたシドは、サラダも綺麗に空にして満足の溜息をつく。行儀良く手を合わせると、ハイファが食器を洗浄機に入れ、シドがコーヒーメーカをセットした。
やがて沸いたコーヒーにウィスキーを少し垂らして、マグカップふたつをリビングのロウテーブルに置く。のんびりとコーヒー&煙草タイムを愉しんだ。
シドの定位置はキッチンを背にした独り掛けソファ、ハイファの定位置は壁を背にした二人掛けソファ、タマはシドの膝の上といういつもの光景である。TVを視ながら二人と一匹の男はくつろぎ、眠たいような刻を過ごした。
そうして一時間が経過した頃だった。シドのリモータが震え出し、殆ど同時にハイファのリモータにも発振が入って、その幸せを叩き壊す振動パターンに二人は顔を見合わせる。
紛れもなく発振元は別室、つまりは別室任務が降ってきたのであった。
急激に怒りのボルテージが上がってシドは吼える。
「前の任務、半月っつー長丁場から十日と経ってねぇんだぞ、どうなってんだ、いったい!」
「うーん、ちょっとこれは酷いよねえ」
「酷いなんてレヴェルか? 本業やるヒマもねぇほど使い倒しやがって、チクショウ、今日の帰りにヴィンティス課長がいなかったのも、こういうことだったのかよ!」
「今頃はうちの室長とヴィンティス課長は居酒屋『穂足』で飲んでるのかもね」
アンビリバボーなことにヴィンティス課長と別室長ユアン=ガードナーは飲み仲間なのである。互いの上司が夜な夜な呑み場で可愛い部下を地獄に蹴り落とす相談をしていると思うと、シドは毎度の如くはらわたが煮えくり返る思いを抑えきれない。
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