第8話

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第8話

「くそう、別室長ユアン=ガードナーの妖怪テレパス野郎、ふざけやがって!」  タダでさえ腹が立つ上にユアン=ガードナーはサイキ持ち、いわゆる超能力者でテレパスなのも非常に気に食わないシドだった。  約千年前から出現し始めたサイキ持ちは、多種人類の最高立法機関・汎銀河条約機構でもテラ系と双璧を成す長命系人種との混血が過去に於いて行われている、その事実だけが研究で明らかになっていた。約二百年から五百年、嘘か誠か千年の記録もあるという長大な寿命を持つ長命系の血が先祖返りの如く濃く出たサイキ持ちも長命である。  サイキは種類も強さも様々だが、ユアン=ガードナーのサイキはテレパスだ。他人の精神を操るほどは力は強くないらしいが、近くにいる者の思考なら簡単に読み取ってしまうという。妖怪並みの寿命の上に思考まで筒抜けなのだ。これほど付き合いづらい者もいないだろう。  シドにしてみればハイファとのことすら筒抜け、いたたまれないのであった。 「チクショウ、課長の野郎とユアン=ガードナー、カチコミ掛けてやる!」  勢い立ち上がったシドの膝からタマが放り出され、「シャーッ!」と吼えて目前の足にかぶりつく。コットンパンツに爪をガキッと掛けて振り払おうとしても剥がれない。 「あ痛たた、このバカ猫、離しやがれ!」 「シド、いいから少し落ち着いて座って」 「だってタマがだな……離れろって! 三味線にするぞ!」 「ああ、もう、脳ミソつるんつるんの猫と本気で喧嘩しないでよね」  ロウテーブルに置きっ放しだったレールガンを掴んでタマと格闘する愛し人に呆れ、ハイファは寝室にファーストエイドキットを取りに立った。箱を提げて戻ってくると、シドの足の引っ掻き傷に生温かい滅菌ジェルを垂らし、乾いた処から合成蛋白スプレーを吹きつけてゆく。 「痛覚ブロックテープ、足首に巻く?」 「要らねぇよ。痺れると歩くのに邪魔だ」  箱を戻して帰ってくると、ハイファはコーヒーサーバを持ってきてマグカップふたつにコーヒーを注ぎ分けた。ムッとして着席したシドにリモータを振って見せる。 「まずはどんな任務か、見てから考えようよ」 「開封すると同時に『任務受領』の発振が別室戦術コンにフィードバックされるんだろ?」 「それはそうだけど、急ぎだったら困るし、僕はどうせ逃れられないからね」  嬉しそうにも見えないが、別室戦術コンが選び別室長が承認した任務最適任者その一は、割とあっさりリモータ操作した。命令書に目を通し始める。  今まで何度も繰り返してきた『何で別室を辞めないのか』という問答を、またもシドは口にしそうになってやめた。どんな形であれ自分の仕事にプライドを持っているのだ、無理強いはできない。本気でハイファが辞めたがったら、別室が『知りすぎた男』を手放すか否かだけの問題、そのときは別室長を撃ち殺してでも辞めさせる気でいた。  だがハイファにその気はまるでないらしい。仕方なくシドもリモータ操作する。惚れた弱みだ、何処であろうと独りで行かせられない。小さな画面の緑に光る文字を読み取った。 【中央情報局発:企業役員の略取誘拐が連続で発生。今後も同様の事案発生が懸念されることから、事案解決及び今後の事案発生防止に従事せよ。選出任務対応者、第二部別室より一名・ハイファス=ファサルート二等陸尉。太陽系広域惑星警察より一名・若宮志度巡査部長】  暫しじっと命令書を眺めたのち、シドは煙草を咥えて火を点ける。紫煙を吐いて呟いた。 「思った通りの任務じゃねぇか。だが俺たち二人に何をしろってか?」 「うーん、難問だよね」  言いつつハイファはシドを宥める材料を探し、付属資料ファイルをリモータアプリの十四インチホロスクリーンに映し出す。目を通し始めて僅か十秒、いきなり大声を出した。 「ほら、二人じゃないよ! ここ見て、【なお、このオペレーションはテラ連邦軍セントラル基地に新設された第二ホステージ・レスキュー部隊との合同任務とする】だって!」 「何なんだよ、そいつは。誰かが『僕らには関係ない話』とか抜かさなかったか?」 「誰かが言ってた気はするね」 「大体、何でそんなにお前は嬉しそうなんだよ?」 「だって僕らもHRTに入隊だよ? わあ、明日から貴方と制服ライフ!」  制服フェチのバディがもう愉しみを見出した傍で、シドは嘆息する。 「もういいから、その連続事案っつーのを見せろ」  ホロスクリーンに浮かんだファイルを覗き込んでシドも読み始めた。  ネオロンドンで一週間前、ブライトン運輸社長が誘拐されて二十億の要求をされる。ブラジリアシティで六日前、ダイナン化学工業会長が誘拐され十五億の要求をされる。ネオシカゴで同じく六日前、ブレナム資源株式会社の会長が誘拐され二十億の要求をされる。これらは七分署の捜査戦術コンでも読んでシドも知っている未解決事案だった。  更にセントラルエリア二分署管内で五日前、ベルトリーノ理化学工業会長も誘拐されて二十五億の要求をされたとあった。四日前には八分署管内でスズモト製鋼株式会社専務が誘拐されて十億の要求と続く。懸念していたことがもう現実となったという訳だ。  セントラルエリアは官庁街を中心としてケーキを切るように、放射状に一分署から八分署まで八つの管轄に分けられている。現在そのどれもに帳場と呼ばれる特別捜査本部は立てられていないが、隠密チームが組織されているか、それとも事件そのものが届け出られていないかのどちらかと云うことだった。 「流行りにしたってすごいよね」 「だよな。んで、これらの誘拐の犯人はバラバラなのか?」 「ええと……組織としてはひとつだけど、実働部隊が幾つもあるみたい。自ら『エレボス騎士団』なんて名乗ってるんだってサ」  ポーカーフェイスの眉間にシワを寄せてハイファに訊く。 「エレボスってどういう意味なんだ?」 「神話に出てくる暗黒の神サマだよ」 「ふん、ふざけてやがるな。それで俺たちはいつ入隊するってか?」 「明日の十五時に着任申告。ねえ、一緒にきてくれるよね?」 「一生、どんなものでも一緒に見ていく。誓いは破らねぇから心配するな」  そう言ったシドだったが明らかに気乗りしない様子で、ポーカーフェイスの眉間のシワは深くなり、どす黒いオーラを発していた。これは相当腹を立てている。  宥めるためにハイファはマグカップふたつを手にしてキッチンに立ち、コーヒーサーバから残りを注ぎ分けるとウィスキーを多めに垂らした。そうしながら甘えた声で言ってみる。 「じゃあサ、暫くお預けになっちゃうし……今晩ね?」 「分かってる、約束したもんな。ハイファ、お前が欲しい」  さらりとストレートに言ったシドが煙草を消し、キッチンまでやってきた。マグカップを手にするのかと思えばハイファの手を握る。少し冷たい手を振り解けないまま、ハイファは背後から抱き締められた。耳許に低く甘い声で囁かれる。 「なあ、今すぐ欲しい。だめか?」 「今すぐって、それだと夜の散歩に出掛けられなくなっちゃうかも」 「動けなかったらお前は寝てていいからさ」 「いやだよ、貴方が行くなら僕も行く。それともバディは要らない?」 「要らない訳ねぇだろ。分かった、担いででもつれてくから心配するな」  言うなりシドは細い腰に回した片腕に力を込めた。もう片手はドレスシャツの上から躰のラインを確かめるように撫で回し始める。耳許に掛けられる熱い吐息にハイファは陶然とした。 「ちょ、シド、もしかしてここで?」 「ああ、今すぐここでだ。昨日の夜から我慢してたんだ、もう待てねぇよ」
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