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第6話
パジャマを身に着けると、甲斐甲斐しくハイファにも着せかける。
宇宙を駆け巡るスパイだったハイファは体に免疫チップを埋めているために風邪を引かないのだが、コトのあとにハイファの面倒をみるのはシドの趣味のようなものと知っていて、いつも好きにさせているのだ。
「ん、ありがと」
「動けないなら、もう寝るか?」
「ええと、二十一時四十二分かあ。少し寝るには早いよね」
「じゃあ、休前日を愉しむとするか」
そう言ってシドはハイファを抱き上げる。身長こそ低くはないハイファだが細く薄い躰はシドにとってごく軽い。リビングまでつれてきて二人掛けソファに寝かせた。
キッチンに立つと冷蔵庫からジンジャーエールのボトルを出してグラスに注ぎ、ちゃんとストローまで挿して持ってくる。手ずからハイファに飲ませてようやくシドは納得したらしい。
それでもシドは定位置の独り掛けソファではなく、ハイファの傍の床にじかに腰を下ろすと、煙草を咥えて火を点ける。ハイファの微笑みを鑑賞しつつ、紫煙を吐いた途端に人の緊張を誘う独特の音がした。振り返ってホロTVを視る。
いわゆるニュース速報というやつだ。
《本日午後より検察庁ビルの一室に武装した三人組の男が人質を取って立て篭もっている事が判明し――》
テロップを見つめていたハイファが声を上げる。
「シド、これって……?」
「検察、うちの管内だ。ヤバいな、こいつはくるぞ」
「くるって、招集かかるってこと?」
「ああ。けど、お前は無理するな」
点けたばかりの煙草を消してシドは立ち上がった。言い置いて寝室に向かう。
パジャマを脱ぎ捨て、綿のシャツとコットンパンツを身に着けた。ベルトを通して捕縛用の樹脂製結束バンドの束を差し込んだリングを着ける。右腰にホルスタを装着している間に深夜番からリモータ発振がきた。
リビングに出て行くと同様に発振を受けたらしく、ハイファが不安そうな目をして見上げてくる。それがあんまりシリアスなのでシドは笑った。
「非常呼集ったって、こっちも非常時だからな」
「僕も行くよ」
「無理すんな。大体、ロクに動けねぇのに意味ねぇだろ」
キッチンの椅子から対衝撃ジャケットを取り上げて羽織る。
「動けるようになったら追い付いてこい」
「ん、分かった。気を付けて、無茶しないでよね」
手を上げて見せ、靴を履いた。玄関を出てドアを閉めリモータでロックする。エレベーターホールまで走った。乗り込んだエレベーターは一階に降りるまで一度も止まらなかった。
エントランスを出ると署まで軽く走る。辿り着いてオートドア二枚をくぐった。
「おっ、早いな、イヴェントストライカ。ハイファスはどうした?」
声を掛けてきたのはヘイワード警部補だ。
「所用です。そっちこそ早いじゃないですか、捜一も呼集ですか?」
「呼集だが、俺は深夜番だったもんでな」
「博打に手を出すからですよ。連勤、同情しませんから」
話しているうちにも今週の在署当番班の主任であるゴーダ警部が姿を見せて大声で訊いた。
「状況、どうだ?」
「検察庁ビル五十二階の取調室。人質は検察官三名、女性事務官三名。ホシ三人組の武装は不明。要求は先般刑務星に送られたテロリストの釈放」
簡潔に答えたヘイワード警部補は欠伸を噛み殺して伸びをする。涙を滲ませながら、よれよれのワイシャツに上等でない上着を羽織った。
「深夜番から預かって武器庫解錠してますよ、ゴーダさん」
ゴーダ主任は武器庫に消え、硬化プラ弾十連発の制式拳銃シリルM220をホルスタに入れて持ち出してきた。プラ弾とはいえ充分に殺傷能力はある。
それと手にしていたのはフラッシュバンという音響閃光手榴弾がふたつだ。
その間に機捜課員が一人増え、ヘイワード警部補から臨時武器庫番に任命された。
「さてと。三人いればBELもアリだろう。先行は機捜の深夜番二人にうちから三人のたった五人だ。淋しいだろうから行きますかね」
三人で緊急機に乗り込み、立場上シドがパイロット席で座標指定する。反重力装置を起動させテイクオフ。被疑者の検察送致などでよく使うコース、到着まで五分ほどだ。
「速報、早かったですね」
「あー、常套だ。TV局に犯行声明」
「なるほど」
惑星警察は失敗できないということだ。
セントラルエリアは中央の官庁街を中心にして一分署から八分署まで放射状に管轄分けされている。その官庁街の真ん中付近に検察庁ビルはあった。まもなく見えた七十二階建てのビルは民間会社と違い、明かりの消えた窓も多かった。
低空から進入した緊急機はいつも通り、屋上ではなく天井を高く取った二十五階のBEL駐機場へと滑り込んでランディングする。
ゴーダ主任とヘイワード警部補に続いてシドも降機し、勝手知ったるビル内へと足を踏み入れた。この階は静かなもので、事件を感じさせるものは何もない。
エレベーターに乗って五十二階のボタンを押す。着くまでに二回停止し、事務官らしい制服女性が乗り、降りていった。
「こんな時間に何の仕事なんだろうなあ」
ヘイワード警部補の疑問にシドもゴーダ主任も首を捻る。
五十二階で降りると、さすがに何事かが起こっているという雰囲気が充満していた。まずはエレベーターから出るなり警備員が出迎える。
依託され民間会社から派遣されている警備員は、余計なことは言わずに三人を現場の取調室の前まで案内した。
「第二〇七取調室か。二十二時二十六分、現着と。……おう、ご苦労」
完全防音は承知しているだろうが、抑えた声でゴーダ主任が先発隊を労った。シドもラフな敬礼でマイヤー警部補やヤマサキたちに挨拶する。
ハイファの不在で怪訝な顔をしたマイヤー警部補にシドはまた短く言った。
「所用です。……どうなってます?」
「静かなものですが、案件発生時刻が十七時頃と推定されますので、人質もきついのではないかと思われます」
場を預かっていたマイヤー警部補はゴーダ主任のリモータに指揮権コードを流した。途端にオープン通信モードのゴーダ主任のリモータが賑やかになる。
「さっきまでTVが五月蠅かったんスよ。参りました」
顔をしかめたヤマサキにヘイワード警部補が訊く。
「それでTVクルーはどうしたって?」
「警備員の人たちが五十三階の会議室に放り込んだっス」
そのTVはこれも警備員が用意したのか、ポータブルのTVが床でホロ映像を結んでいた。取り敢えずやれることもないので、皆が注視する。
特にニュースは動きがなく、シドは辺りを見渡して現状把握に努めた。
天井のライトパネルも煌々と灯り、廊下は隅々まで照らし出されている。
第二〇七取調室の出入り口は二ヵ所、向かって左がオートドア、右がノブの付いたドアだ。今は当然、両方とも中からロックされている。シドたちがいるのはオートではない右、捜一の三人がオートドアに張り付いている。
二ヶ所のドアの間には透明樹脂の窓があったが、残念ながら遮光ブラインドがきっちりと下ろされていた。
「内部の監視カメラ映像、リンクします!」
警備員の一人が叫び、ホロTV映像が切り替わる。シドも覗き込んだ。
被疑者送致の際に何度も見ている仕様の室内はこれといって荒れてはいない。検察官が就く多機能デスク、事務官の就くデスクに被疑者が立つ簡素なデスク。それぞれがほぼ等間隔で三角形を描いていた。
そして人質の男性検察官三人は多機能デスクに凭れるようにして床に直接座らされている。事務官の制服女性は三角形のほぼ中央に、三人寄り添うようにこちらも床に腰を下ろしていた。
犯人は全員若い男だ。テラ標準歴で二十代だろう。一見テロリストには見えないスーツを身に着け、肩からスリングでサブマシンガンと思しき銃を提げている。三人がそれぞれ三つのデスクに腰掛け、三角形の中の人質を見張っている形だ。
「やるなあ、ホシはバラバラで人質も分けてやがる」
と、ヘイワード警部補。
「得物が高級すぎやしないか?」
ゴーダ主任が唸った。サブマシンガンはものにもよるが最低でも毎分四百発、速ければ毎分千五百発という発射速度である。これは脅威と云えた。
そこに走ってきた警備員が新たな情報をもたらす。
「RTVのクルー宛てに、犯人側からリモータIDきました!」
警備員が自分のリモータから小電力バラージ発振でその場の全員にIDコードを流した。受けた捜査員の皆がこれで犯人に連絡ができるようになった訳だ。
「犯人側からの伝言です。『速やかに惑星警察からの連絡を乞う』とのことです」
セントラルエリア本部からやってくる筈のネゴシエーター、いわゆる交渉専門官はまだ着かない。ゴーダ主任はまずセントラルエリア統括本部長に伺いを立てた。
「くそっ、本部長見解は『突っぱねろ』だ。簡単に言ってくれる」
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