第7話

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第7話

 溜息をつきつつゴーダ主任は犯人に音声発信する。 「こちら惑星警察セントラル七分署のゴーダだ。そちらの名を聞かせて欲しい」 《ヘイルだ。要求の三人の釈放はまだか?》 「何せ刑務星は遠くて広い。現在、事実関係を確認しているところだ」 《ふっ……嘘だな。何の動きもないとTV局員から聞いている》 「TV局員が全てを知っている訳ではない。まずは落ち着いてくれ」 《充分落ち着くだけの時間はあった。今からカウントダウンだ》 「何をするつもりだ?」 《勿論、人質を殺すに決まっている。十分ごとに一人だ。スタート、ラン!》 「待て、ヘイル。早まった真似をすると手に入れられるものも逃すぞ、いいのか?」 《それなら十分以内にRTVで三人の釈放をライヴで流すんだな……アウト》  勝手に発信を切られ、ゴーダ主任が舌打ちした。 「ふざけてやがる、十分以内にライヴ映像だと!」 「ダイレクトワープ通信なら間に合うんじゃないっスか?」  ゴーダ主任がヤマサキの頭をぺしりと叩く。 「バカ野郎、こっちが間に合わないんだ」  電波も光と同じ速度である以上、通常の星系間通信はワープする宙艦で運ばれる。ワープの分だけ光より速いからだ。だが通常航行分だけラグタイムが生じる。しかしダイレクトワープ通信は亜空間レピータを使用し、直接相手に届く。ラグタイムが生じないのだ。  けれどいいことばかりではない。亜空間にレピータを設置・維持する技術は難度が高いのである。そのため資本主義社会のテラ連邦圏でダイレクトワープ通信は非常にコストが掛かる通信方法として知られていた。  しかし今回はコストの問題ではない、惑星警察は超法規的措置を執らない。あくまで突っぱねるのだ。  リモータの指揮権コードで上層部とゴーダ主任が話し込む。 「特殊急襲部隊(SAT)はこないのか?」 「あと十五分はこない!」 「エア流出口から催眠ガスでも流せば――」 「そいつも十五分だ!」  暢気とも取れる口調のヘイワード警部補と噛み付くようなゴーダ主任のやり取りを聞きながら、シドは脳内シミュレーションを黙って繰り返していた。  踏み込むならこちら側、オートではない右のドアだ。入って真正面、一番近い被疑者デスクと、奥の事務官デスクを延長線上で狙える。監視カメラ内で応答していた左の検察官用多機能デスクに腰掛けた男がラストだ。  ハイファがいれば左の男も同時にやれるのだが、今ここで考えても仕方ないだろう。  やがてそれぞれリモータでカウントダウンしていた八分が過ぎる。  ゴーダ主任が苦い顔でシドを見た。ベルトに下げたフラッシュバンを指す。 「使うか?」 「そうですね、窓からいけるなら」  フラッシュバン、軍ではスタングレネードと呼ばれる音響閃光手榴弾は、その名の通りに強烈な音と光を発して、敵の視覚と聴覚を数秒間封じるものだ。不発の場合も考慮し二個同時に投げ込むのが基本である。  ハイファが一緒ならそんなものは不要、投げ込む間にたった三人くらいカタをつけられる筈だ。シドは単独時代に戻ったような、妙にスカスカした気分がしていた。 「バディは誰にする?」 「バディはいいです。各個に援護を」 「監視映像がTVクルー側にも流れてやがる。なるべく殺すな、なるべくな」  ヘッドショットさえしなければ何とでもなるだろうと踏んで片手を挙げる。  レールガンを抜き、シドはオートではないドアの前に立った。背後でマイヤー警部補がシリルM220を手にする。遮光ブラインドが下りた窓に向かってヘイワード警部補とヤマサキがシリルを構えた。  ゴーダ主任がフラッシュバン二個のピンに指を掛ける。 「あっ、検察官デスクの男が銃を上げて――」  ホロTVを視ていた警備員の叫びが合図だった。  ヘイワード警部補とヤマサキが窓に向け発砲。プラ弾でも充分殺傷能力のあるパウダーカートリッジ式の有質量弾は透明樹脂を砕き、遮光ブラインドを跳ね上げた。  同時にシドはパワーを上げたレールガンでドアの上下の蝶番とロック機構にフレシェット弾をぶち込んでいる。ドアだけでなく建材に直径三十センチほどの大穴が空いた。ゴーダ主任が窓からピンを引き抜いたフラッシュバンを二個まとめて投げ込む。  ここで僅かな誤算、遮光ブラインドの残骸に当たったフラッシュバンはかなり手前に落ち、その真価を発揮できなかった。  だがシドは既にドアを蹴り飛ばしている。ドアが倒れきる前に視力を麻痺させた被疑者デスクの男の腹に速射でダブルタップ。奥の事務官デスクの男にハートショット。  男たちはデスクからずり落ちて仰向けに床に倒れた。貫通したフレシェット弾は彼らの背後の壁にも大穴を穿っている。  突入からまだ一秒、ドアを踏んで室内に飛び込んだシドはヘイルと名乗った検察官デスクの男にレールガンを向けた。床に立ったヘイルの視線は完全にこちらを捉え、女性事務官の首を左腕で締めるようにして盾にしている。  サブマシンガンが唸った。シド、左腕で頭を庇いつつ、対衝撃ジャケットの腹から胸に一連射を食らう。衝撃に息を詰まらせるも一歩後退しただけで耐え、サブマシンガンの機関部を狙って撃ち壊す。  間髪入れずサブマシンガンが投げ捨てられて、初めてヘイルがもう一丁をスリングで吊って背中側に隠し持っていたことに気付く。撃たせて堪るかと思うもののジャスティスショットは無理、女性の存在で狙い所はヘッドショットしかない。  僅かな迷いが男にもう一丁を構えさせてしまう。  だがシドは見切りも早くヘッドショット狙いで照準。  その刹那、眩い光がシドの目を灼いた。  この光は見たことがある、この光はあれだ、ビームライフルだと思い当たった瞬間に、強大な殺傷能力を持った本格的兵器の射線から躰は勝手に転がって逃れていた。 「くるな、くるな!」  視界のふちに誰かの動きを見て叫ぶ。一年と数ヶ月前、ハイファをあわや死の淵へと追いやったビームライフルの餌食には、誰もさせられない。視力が回復するなり再び照準、一射を放つ。同時に入り口付近から誰かがシリルを撃った。  二射を浴び、あっさりと男の頭は割れた西瓜のようになる。気の毒極まりないが、盾にされていた女性は血と脳漿を浴び、叫ぶことすらできずに気を失ったか、その場に(くずお)れた。  全ては突入してから僅か四秒足らずの出来事だった。  惑星警察からも何らかの申し入れをする筈で、そのまま放送するほどメディアも悪趣味ではないだろうが、ある程度の修正映像がニュースを席捲するのは確実だ。これを見たらヴィンティス課長は卒倒するに違いない。  そう思いつつシドは片膝を床に付いた姿勢から立ち上がろうとして、初めて血の気が引くほどの痛みに気が付く。膝に左手を付いたつもりが、左手がなかった。左腕が肘関節から五センチくらいまでしか存在せず、その先が綺麗になくなっていた。  何となく嫌な気分で見回したシドは、幸か不幸か失くした部分の一部を発見する。  服を着た手首から先だけがリモータとペアリングを嵌めたまま落ちていた。どうやら頭を庇っていた左腕の一部がビームの一撃で蒸発したらしい。  幾ら対衝撃ジャケットがシールドファイバでもビームを防ぐのは無理である。 「シド、大丈夫ですか!?」  駆け寄ってきたのは一射を撃ったマイヤー警部補以下ゴーダ主任やヘイワード警部補たち、だがそれだけでなくTVクルーの目もあるのだ。やはりこれは晒しては置けないとシドは思いレールガンをホルスタに仕舞うと、そっと自分の分身の許に移動して拾った。  だが動いたのが拙かったのか、焼け爛れて固まっていた肘の断面が割れ、血が零れ出した。ぽたぽただったのが見る間に勢いよく迸り、それが段々太くなってくる。 「わ、ちょ、ヤマサキ、手ぇ貸せ!」  焦るばかりのヤマサキは使い物にならず、結局マイヤー警部補の手を借りて捕縛用結束バンドで締め上げ止血したときには、随分と血をムダにしたあとだった。 「くそう、まだ新しいってのに、また左手と泣き別れかよ……」  低く唸ったのも道理で、前回の別室任務の際にシドは止むを得ず自分で自分の左腕をレールガンで撃ち落とすというシチュエーションを経験したばかり、培養移植してからそう経っていないのだ。  お蔭で腹は立ったが血圧が足りずに大声で愚痴を垂れるまでには、幸いながら至らなかった。 「座っていたらどうですか?」  マイヤー警部補の指示でヤマサキが事務官デスクの椅子をガラガラと引いてきた。座ってしまってから、拙い、こいつは立てないぞとシドは考えた。その矢先に息せき切って駆け込んできたのはハイファだった。 「シド……嘘……シドっ!」  思わず立ち上がって、しまったと思ったがもう遅かった。  シドは貧血で意識を飛ばし、ハイファの胸に倒れ込んでいた。
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