第8話

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第8話

「くそう、ジャケットをやられたのは痛かったぜ」 「もう同じ業者に頼んだんでしょ。モノなんてどうでもいいよ」 「お前、六十万クレジットを自腹だぞ?」 「貴方、おカネ持ってるクセに変なトコにこだわるよね」  そう、シドはこれでも結構なクレジットを持っているのだ。以前に別室任務で行った他星系で偶然手に入れたテラ連邦直轄銀行発行の宝クジ三枚がストライク大炸裂、見事に一等前後賞を射止めて億単位のカネを連邦直轄銀行にそのまま眠らせている身なのである。  それでも刑事を辞めないのは天職だからという他ない。 「それよりほら、煙草ばっかり吸ってないで。ベッドに戻って」 「口を開けば『寝ろ寝ろ』ばっかり、そんなに寝てられるか」 「大人しくしてるって約束で退院したんでしょ」 「充分、大人しくしてるじゃねぇか」  口の減らない愛し人をハイファはじっと見つめる。キッチンの椅子に腰掛けて煙草を吸うシドの左肘から先はなかった。袖がくったりと垂れ下がっている。その袖を捕まえようと膝に乗ったタマがじゃれていた。  あれから五日目である。  管内のセントラル・リドリー病院に運ばれたシドは再生槽にボチャンと投げ込まれて三日間、意識を落とされて過ごした。その間に手術を受けて肘関節から下を切除し、今は移植するスペアが培養完了するまでの待ち期間なのである。  複雑な機能を持つ内臓などの培養に比べれば格段に早いものの、十日ほど掛かると云われていた。あと六日も待たなくてはならず、だが病院にいるのもヒマで堪らないので昨日とっとと退院してきたのだ。 「勝手に痛覚ブロックテープは剥がしちゃうし……マゾ」 「違うって! あれは上半身に貼ると唇の端がピリピリ痺れてイヤなんだよ」 「はいはい、咥えた煙草を落とすんだね」 「分かってんじゃねぇか」  再生液に浸かっていたときから、こうして相手をしている今に至るまで、傷病休暇のシドは勿論ハイファまでずっと有休を取り続けている。前半はシドが心配でならず、後半は自分が出勤すると一緒に署に出かねないシドの監視であった。 「ところであのホシは何だったんだ?」 「あの、お二人様入院ね。中央情報局第六課で手配が掛かってたよ」 「第六課、対テロリスト課だな」 「そう、ポラ入力でばっちりヒット。ヴィクトル星系の武装集団ハスデヤ防衛同盟から弾かれて流れ者の反体制主義者になった人たち」  テラ連邦に名を連ねながらもテラ連邦議会の意向に添わない星系も多々あるのが実情だった。絶え間なく内紛を繰り返しテロリストを生む土壌となっているヴィクトル星系や、太陽系からワープたったの一回という近さでありながら惑星全土をマフィアが牛耳り、人口より銃の数が多いとされているロニア星系第四惑星ロニアⅣなどだ。 「へえ、ヴィクトル星系か」 「少人数で雇われテロをやってて、その一部が去年爆弾騒ぎで四分署に挙げられて刑務星送りになった。その仲間をパイにしようとして、あの騒ぎだよ」 「ふうん。けど主任も言ってたが、雇われテロリストにしちゃ得物が高級すぎる気がしたんだがな」 「確かにね。でもまた例の如くロニアマフィアルートじゃないのかな?」 「マフィアなあ。奴らが扱うにしちゃ物騒すぎるオモチャだが、ビームライフルも正規の軍モノ並みに出力が高かったら、俺の頭も蒸発してたらしいな」 「ビームライフルもサタデーナイトスペシャルの時代なのかな?」  サタデーナイトスペシャルとはAD世紀の昔、土曜の夜に軽く強盗だの喧嘩だのやらかした奴らが銃で負傷し病院に運ばれてきたことから、医療関係者がその安価で粗悪な銃を揶揄して呼んだのが由来とされている。 「でも腕だけで済んだのは、奇跡と貴方の動物的反射神経のお蔭だってサ」 「動物的で悪かったな」 「別に貶してない、褒めてるのに」 「ふん。……なあ、これ食いたい」  テーブルの上に置いてあったオレンジの重さを確かめるようにシドが右手で握っていた。その薬指には無事だったペアリングが嵌り、更に手首にはリモータが嵌っているが、自分で操作もできないので難儀である。 「ん、剥いたげる。十時のおやつだね」  オレンジを受け取るとハイファは立ち上がり、手早く包丁で八つ割りにした。果肉部分だけそぎ切りにしてガラスの器に盛るとフォークを添える。  椅子に戻って果肉をフォークに刺し、向かいに腰掛けたシドの口に運んだ。いわゆる『あーん』状態だが、普通なら嫌がるシドも右手が疲れるのか、抵抗なく受け入れているのがハイファには痛々しくも愛しい。 「義肢でもつけた方がよかったんじゃない?」  今の時代、義肢といっても神経まで接続するので、自身の腕と何ら変わらぬ働きをする。 「あー、また手術は面倒だからいい、お前もいるし」 「こういうことで嬉しがらせて欲しくないなあ」 「まあ、いいじゃねぇか。単独はもうご免だが」 「コトが起こらないと改心しないんだから……あっ、きたかも」  玄関チャイムが鳴り、二人で立った。玄関の壁にあるモニタを見れば、予想通りの宅配業者が箱を抱えて映っている。ハイファがロックを解いてドアを開けた。 「いつもにこにこネコさんマークのタマト宅配便をご利用ありがとうございます!」  突き出された伝票にシドがサインをすると、若い宅配業者は買ったばかりのスニーカーのように白く輝く歯を見せて段ボール箱を置いて去る。 「差出人は『ライトアーマー社』、間違いねぇな」 「開けてみようよ」  玄関先でハイファはいそいそとテープを剥がし箱を開封する。中から出てきたのは今までと変わらぬチャコールグレイの対衝撃ジャケットだ。 「わあ、それでも新しいと張りがあるよね」 「何か紙が……どれ、『機能は従来通りで三十パーセントの重量軽減に成功』か、へえ」 「ねえ、着てみれば?」  ビニールカバーを外し、ハイファはジャケットをシドに着せかける。以前のものは数々のハードな目に遭い、かなり損傷が進んでいたので買い換え時でもあったのだ。 「おっ、マジで軽くなってやがるぞ」 「うん。いい、いい。やっぱり貴方はこれじゃないとね」  六十万に文句を垂れていたシドも着てみて納得したようで、片袖をヒラヒラさせてタマを興奮させ、爪を立てられまいと攻防を繰り広げた。 「これで勤務も任務も安心だね」 「任務は要らねぇって……うわあっ!」  シドの右手首が振動し始めていた。同時にハイファのリモータも震えだしている。 「がーん、別室任務――」 「お前がロクでもねぇことを言うからだろっ!」 「そんな、僕のせいじゃないよ!」 「いいから取り敢えず止めてくれ、スタンレーザー並みに心臓に悪い」  振動だけ止めると二人は顔を見合わせる。シドは袖をパサパサと振った。 「別室長の野郎が俺のこれ、知らないってことはねぇよな?」 「それはありえないんじゃない、ヴィンティス課長からだって聞いただろうし」 「知ってて……どれだけお前んとこは人使いが荒いんだよ!」 「僕に言われてもホントに困るんだけど……ちょっと酷いよね」 「今回こそは蹴飛ばすぞ、俺は。お前も断れよな」  言われてハイファは少し困った笑みを浮かべる。丸くなったタマが入った空き箱を抱えてキッチンに戻った。空き箱を床に置いて椅子に腰掛ける。  向かいに座ったシドは煙草を咥え火を点けた。 「な、断れよ……断れねぇのか?」 「別室戦略・戦術コンが弾き出した適任者だからね。その適任者が仕事を選ぶようになったらそれはもう別室員じゃないよ」  申し訳なさそうにハイファは俯き、シドは溜息をつく。ハイファも自分の仕事に誇りを持っている筈で、だからこそ別室員で在り続けているのだ。 「すまん、ハイファ」 「何で謝るの? 僕一人で行ってくるよ、任務」 「そいつはだめだ。二人で行くか、二人とも行かないかだ。これは譲れねぇよ」 「……そっか。まずは命令を見てみようよ。それから考えよ?」 「そうだな、案外大した任務じゃねぇかも知れねぇし」  右手首を突き出してハイファにリモータ操作して貰うと、小さな画面に表示された緑色の文字を読み取った。 【中央情報局発:イオタ星系第四惑星ラーンに於いてテラ本星を含む他星系に安価な武器を密輸しているグループが存在する疑いあり。疑惑解明と今後の武器流出防止に従事せよ。選出任務対応者、第二部別室より一名・ハイファス=ファサルート二等陸尉。太陽系広域惑星警察より一名・若宮志度巡査部長】 「うーん。雲を掴むようなハナシの上に、結局大した任務かも」  益々困った顔で命令書に目を落とすハイファに対し、シドは刑事の目つきになっている。 「って、この本星にまでそんなに武器が流入してるってか?」 「それは資料を見ないと……」  と、ハイファはリモータアプリの十四インチホロスクリーンを立ち上げ、シドにも見えるよう左腕を伸ばしてテーブルに置いた。一緒に送られてきた資料のフォルダを開き、文書ファイルを表示する。 「確かにここ数週間、本星各地で銃犯罪が多発してるみたいだな」 「銃ばかりじゃないね。三日前にはブラジリアシティとギアナタウンで三件ずつ、ネオロンドンで四件のタタキが一斉に発生。全てグレネードランチャーで武装してる」 「一昨日はガーナシティとネオシカゴでRPGをぶちかましてのテロ……歩兵用携帯式ロケット砲ってマジかよ、まるで武器の見本市じゃねぇか」  悔しげに呟くと、入院していて気付かなかった事件群をチェックするべくシドは腰を上げてリビングのホロTVを点け、ニュース番組を検索してボリュームを大きめにした。  椅子に戻って資料を読み進めると、この二週間だけで既に二十一名が様々な武器の犠牲になっていることが判明する。これほどまでにテラ本星の治安が悪くなったことは極めて稀で、テラ連邦議会が憂慮するのも尤もなことだと思われた。  更にTVニュースではネオシカゴで今朝起こった連続強盗殺人事件を報道している。得物がサブマシンガンにビームライフルという検察庁立て篭もりとの相似形で、二人はホロ画面を注視した。 「街金の従業員三名殺害……くそう!」 「あんまり熱くならないで、完全じゃないんだから」 「分かってる。で、お前はイオタ星系とやらに行ったことはあるのか?」 「ないよ。ないけど結構有名だから多少は知ってるかな」 「俺は聞いたこともねぇぞ」 「一般受けする『有名さ』じゃないからね。……お昼、オムライスでいい?」 「いい、いい。期待してる」
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