第1話

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第1話

「――とまあ、本件はスピード解決をみた訳だが、これに驕らず一人一人が惑星警察の代表として、通常勤務にもせいぜい精進してくれたまえ。わたしからは以上だ」 「以上で宝石鑑定人一家四人強盗殺人事件捜査本部を解散する。起立! 敬礼!」  雛壇のお偉いさんが去るなり、最後列に座っていたシドは大欠伸をかました。滲んだ涙を手の甲で拭い、煙草を咥えるとオイルライターで火を点ける。 「ふあーあ、眠いの何のって」  すかさず灰皿を持ってきた相棒(バディ)のハイファは笑顔だ。 「これで明日の有休も心置きなく取れるよね」 「んあ、休暇、明日だっけか?」  殆どの捜査員らがガタガタと椅子を鳴らして立ち上がり、三々五々散ってゆくのを眺めながら、シドはまだ眠たげだ。  シドとハイファの一列前に座っていた捜査一課のヘイワード警部補が振り返り、こちらも咥えた煙草の灰を灰皿に落とした。 「何だ、早速休暇を取ろうってのか、マッチポンプのイヴェントストライカは」 「その仇名も、マッチポンプっつーのも勘弁して貰えませんかね」  抗議したシドにヘイワード警部補はニヤリと笑って言う。 「三日前に強殺(ごうさつ)現場にストライク、死体(オロク)を発見したのもあんたなら、昨日の晩に大ストライクしてホシを確保したのもあんただ。みんな言ってるぞ」 「だから俺が事件を起こしてる訳じゃねぇって何遍言えば……ったく、大体、ハイファもいたのに不公平だ」 「あんたの嫁さん、イヴェントストライカ・ザ・セカンドか」 「えっ、僕?」  本気で嫌そうな顔をしたハイファは口ずさんだ。 「『シド=ワカミヤの通った跡は事件・事故で屍累々ぺんぺん草がよく育つ~♪』って、ヘイワード警部補は御存知ないんですか?」 「おお、聞いてる聞いてる。ポリアカ時代から歌われてるんだってな」  ポリアカとはポリスアカデミー、広域惑星警察大学校の通称である。  スキップをして十六歳でポリアカに入校したシドは、四年いれば箔と階級が自動的に付いてくるのを蹴飛ばして、二年で切り上げ十八歳で任官したのだ。  その任官理由が――。 「事件(イヴェント)遭遇(ストライク)するたびに『警察呼ぶより自分が警官になった方が早い』って?」  ヘイワード警部補にハイファは頷く。 「そうですよ。道を歩けば、ううん、表に立ってるだけでイヴェントが寄ってくる超ナゾ特異体質はシドだけなんですから、僕に言いがかりをつけないで下さい」 「了解、了解」  やり取りを聞いていたシドは当然ながらご機嫌斜めだ。自分でも与り知らぬ特異体質のことに言及されるのが何よりも癪に障るのである。 「ハイファ、テメェ、あとで覚えてろよ……ヘイワード警部補もいやに今日は絡むじゃないですか」 「お宅と違ってウチは忙しいんだよ。連勤何日だと思う、十七日だぞ? ムゴいよなあ。それもこれもあんたが持ってきた強盗(タタキ)と通り魔の裏取りが片付かないせいだ」 「だから俺がやってる訳じゃねぇし、ホシは現逮で挙げてあるし、休暇だって取りたい訳じゃねぇ、業務管理コンが有休取得命令を勝手に通達してきただけですって」 「AD世紀から三千年っていうこの宇宙時代に、それも汎銀河一治安がいい筈の地球(テラ)本星セントラルエリアで、タタキに通り魔は泣かせるよなあ」  全くシドの抗議を聞いていない口調で呟くと、ヘイワード警部補は煙草を揉み消して腰を上げた。大きく伸びをする。 「あーあ、刑事(デカ)部屋に戻るかな」  互いにラフな敬礼をして、シドとハイファはよれよれのワイシャツ姿を見送った。 「ハイファ。お前、分かってんだろうな?」  不機嫌全開の低い声に、ハイファはシドを振り返って見つめる。  シド、本名を若宮(わかみや)志度(しど)という。職業は勿論、惑星警察刑事だ。  三千年前の大陸大改造計画以前に存在した旧東洋の島国出身者の末裔らしく、前髪が長めの艶やかな髪も黒ければ、切れ長の目も黒い。口の悪さが台無し感を漂わせているが、造作は極めて整い端正だった。身に着けているのが綿のシャツとコットンパンツというラフさなのが勿体ない程である。  今は不機嫌だが大概ポーカーフェイスを崩さない、この完全ストレート・ヘテロ属性の男に出会ったその日に惚れて告白、七年かけてやっと堕としたのは一年と数ヶ月前のことだ。  今はペアリングまでしている。見ているだけで頬が緩んでしまうハイファだった。 「何をヘラヘラ笑ってんだよ、テメェは!」 「ヘイワード警部補は昨日泊まりだったんだよ、『零時を過ぎたら帰ってくるな』って奥さんに言われてるんだから。愚痴くらい聞いてあげなくちゃ」 「それとこれとは関係ねぇだろっ!」  暢気に微笑むハイファをシドは睨みつける。  ハイファ、本名をハイファス=ファサルートという。  細く薄い躰を上品なドレスシャツとソフトスーツで包んでいる。タイまでは締めていない。明るい金髪にシャギーを入れ、後ろ髪だけ伸ばしてうなじの辺りで銀の留め金を使いしっぽにしていた。しっぽの先は腰近くまで届いている。瞳は優しげな若草色だ。  ノーブルな顔立ちは文句なく美人だが正真正銘の男である。  職業はシドと同じく惑星警察刑事ではあるのだが、女性と見紛うような、なよやかなまでの見た目にそぐわず現役軍人でもあった。一年と数ヶ月前から惑星警察に出向中の身なのだ。  テラ連邦軍に於いては中央情報局第二部別室という、一般人には聞き慣れない部署に所属していた。別室とはあまたのテラ系星系を統べるテラ連邦議会を裏から支える存在で、『巨大テラ連邦の利のために』を合い言葉に、喩え非合法(イリーガル)な手段であってもためらいなく執る、超法規的スパイの実働部隊である。  そこでは汎銀河で予測存在数がたったの五桁というサイキ持ち、いわゆる超能力者をも複数擁し、日々熾烈な情報戦を繰り広げているのだ。  そんな所でハイファが何をやっていたのかと云えばやはりスパイだった。  ノンバイナリー寄りのメンタルとバイである身、それにミテクレとをフルに利用して敵をタラしては情報を分捕るといった、結構きわどくエグい手法ながら、まさに躰を張って任務をこなしていたのである。 「この、世渡りばっかり上手い二枚舌のスパイ野郎が!」 「わあ、酷い。二十四時間三百六十五日貴方に尽くしてる僕に、そこまで言う?」 「ふん。バディ解消だ、お前はスパイに戻れ!」 「もう戻れないって知ってるクセに。責任取ってくれるって言ったじゃない!」 「ンなコト知るか!」 「そんな、僕はもう貴方しか――」  そう、ハイファはもうスパイには戻れないのだ。  別室任務で、とある事件を捜査するために、ハイファは刑事のフリをして七年来の親友であり想い人だったシドと初めて組んだ。事件は無事に解決したものの、ホシの雇った暗殺者が放ったビームライフルの一撃からシドを庇い、ハイファは一度死体同然となった。  けれどハイファは心臓を吹き飛ばされても処置さえ早ければ助かるレヴェルの現代医療のお蔭で何とか生還を果たし、シドの一世一代の告白、『この俺をやる』という言葉を聞くことができた。失くしかけてみてシドは初めて失くしたくない存在に気付いたのである。  だがその影響が思いも寄らぬ処にまで波及した。  とうとうシドが想いに応えてくれた、そのときからハイファは別室任務がこなせなくなったのだ。敵をタラしてもその先ができない、平たく云えばシド以外を受け付けない、シドとしかコトに及べない躰になってしまったのである。  使えなくなったハイファをクビから救ったのは別室戦術コンの御託宣で、『昨今の事件傾向による恒常的警察力の必要性』なるものだった。  お蔭でハイファは惑星警察に出向という名目の左遷となり、本人には嬉しいシドとの二十四時間バディシステムが誕生したのである。 「ねえ、バディ解消なんて嘘でしょ? 貴方だって毎日がクリティカルすぎてバディのなり手が誰もいない、苦節五年も単独のつらさを味わってきたんじゃない」 「単独でもいい、お前なんか知らねぇよ!」 「ホントにいいの? 今晩のおかず、貴方もタマと一緒に猫缶にするよ?」 「えっ……?」 「失くしたプラモの設計図ファイルもサルベージしてあげないからね」 「うっ……」 「おまけに失くしたファイルはそれだけじゃなくて、『AD世紀の幻のプラモシリーズ』フォルダの中の『F‐4ファントム』ってお題で偽装した膨大なエロ動画ライブラリが……むぐ」  慌ててシドはハイファの口を塞いだ。  気付けば周囲は腐女子と名高い警務課の制服婦警でいっぱいであり、帳場と呼ばれる捜査本部の後片付けにきた彼女たちは、ピタリと動きを止めて二人の会話に耳目を傾け集中していたのである。  タダでさえ二人は噂の住人、先日も警務課を中心に『シドがハイファの肩を抱いたショット』が署内のネットシステムを席捲したばかりなのだ。  咳払いをしてシドは左手首に嵌ったリモータを見る。  リモータは現代の高度文明圏に暮らす者には必要不可欠な機器で、携帯コンでありマルチコミュニケータだ。身分を証明するIDコードもこれに入っている。現金を持たない現代人の財布でもあった。上流階級者はこれに護身用の麻痺(スタン)レーザーを仕込んでいることもあり、特殊状況下でもなければ銃の所持が認められていない太陽系の普通の私服司法警察員の武器はこれである。  だがシドは単に時間を見ただけ、十七時五分だった。 「うわ、ヤバい、定時まで三十分もねぇぞ」 「明日休みだから報告書、上げておかないとね」 「さっさとデカ部屋に帰ろうぜ」  と、シドはポーカーフェイスを取り戻して立ち上がり、室外に出るべくオートドアへ足早に向かう。ハイファが追い付いてシドの手を握った。シドは憤然と振り解く。 「何すんだよっ!」 「いいじゃない、ペアリングまでしてるのに」 「だからってそんな腐れたサーヴィスは要らねぇよ! それに職務中だろ!」 「ふふん、照れちゃって」 「……マジで覚えてろよ」
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