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「じ、じぃや?」
「坊ちゃん、今の話は、なんでしょうか? 個性の花が、なくなる? そんなこと、あってはなりませんよ。個性の花がなくなってしまえば、貴方の価値はガクンと下がってしまいます。時期社長として、それはあってはならない事なんですよ。坊ちゃん?」
俯かせていた顔を上げると、三人は驚愕。恐怖で体が動かず、震えてしまう。
顔を上げた執事は、気が狂ってしまったかのように焦点の合っていない目、土色に近い肌色。憔悴しきっているような顔を浮かべ、曄途を見ていた。
「坊ちゃん、だめです。さぁ、こちらに来なさい。貴方はまだまだ前に進めます。私を信じてください、昔のように――……」
「ひっ!?」
曄途に手を伸ばし近づいて来る執事に、一華は小さな悲鳴が口から零れる。同時に、優輝が執事に向かって走り出した。
「黒華先輩!?」
「優輝!!」
二人の声を背中で聞き、優輝は執事に向かい走り、手を伸ばした。
「悪いが、あいつは俺達の友人だ。お前の人形にするわけにはいかねぇな!」
伸ばした手で執事の胸ぐらを掴み、力任せにぶん投げた。
――――――――ダンッ!!!
「がはっ!!」
投げられた執事は、背中を地面に強く打ち付けたため、目を見開き動かなくなる。優輝はそんな彼を蔑んだ瞳で見下ろした。
目を細め、動かなくなったことを確認すると、ポケットに手を入れ背中を向ける。
「個性の花で、これ以上人生を狂わされてたまるか」
誰に言う訳でもない言葉は、誰の耳にも届くことなく虚空に消えた。
一華達へと戻る優輝。二人は彼に怪我がないか不安そうに見上げている。
「優輝、怪我は?」
「ん? あぁ、だいじょっ――……」
何時ものように”大丈夫”と言おうとした優輝だったが、一華の顔を見て言葉が止まる。
不安そうに、本気で心配してくれている一華と曄途に、優輝はいつものように言えない。
言おうとすれば、胸が締め付けられ、苦しくなる。
今まで感じた事はなかった、気にしたことはなかった苦しさ。これは、個性の花がなくなるのと関係があるのか。
胸を押さえ、顔を俯かせた彼に、二人は顔を青くして慌てた。
「え、まさか怪我したんですか!?」
「黒華先輩!?」
慌てる二人の声を聞き、優輝は突如お腹を抱え笑い出した。
口を大きく開け、豪快に笑う。なぜ彼が笑い出したのかわからない二人は目を丸くし、お互いに顔を見合せる。
何も言えないでいると、優輝が目に浮かぶ涙を拭き二人を見た。
「あー。いや、悪い悪い」
まだ困惑している二人の頭をなで、笑みを向ける。
「な、な?」
「壊れました?」
「白野、お前俺に対して当たり強くね? 大事な友人なんだよね?」
「普通です」
「そんなことないだろ…………」
今度は自身の頭を掻きながらため息を吐き、立ち直す。
まだ心配している二人を見て、優輝は自身の腕に手を添えた。
「今ついた怪我はない。見てみるか?」
「はい」
「即答かよ」
「優輝の”大丈夫”と”怪我はない”などと言った言葉は信じないと決めたので」
「酷いなぁ」
空笑いを零し、優輝は腕まくりしようと袖を掴む。一瞬、躊躇したが、覚悟を決め、一華達の前で初めて腕をさらした。
「「っ!!」」
優輝は色白の腕には、無数の切り傷。結構前に付けられたものばかりで、痕になり残っていた。
「これって…………」
「まぁ、お前らの予想通りだと思うぞ」
優輝の切り傷は、自分でつけた物。
昔は黒い薔薇と言う理由だけで酷い目にあわされてきた。そのため、精神は安定せず、よく自傷行為をやっていた。
高校生になりだいぶ落ち着いたが、昔行ってしまった行為は消えない。体に消えない傷として刻まれ、一生背負って行かなければならなくなる。
二人は彼の腕を見て、言葉を失った。
そんな二人を見て、優輝は申し訳ないと眉を下げ、袖を下げ腕を隠そうとする。
「わりぃな。気持わりぃもん見せて…………」
悲し気な笑みを俯かせ、袖を下げようとすると、それより先に一華が彼の傷ついた腕を優しく両手で包み込んだ。
「っ、一華?」
「優輝。もう、一人で背負わないで。今は私がいるよ?」
涙の膜が張られている黒い瞳を向け、彼の真紅の瞳と視線を交差させる。
「これからは、優輝の傷は、私も背負う。ずっと、一緒だよ」
一粒の涙を零し、一華が優輝にお願いした。
驚きで開かれた真紅の瞳は、彼女の浮かんでいる優しい笑みを映し、微かに揺れる。
震える唇を動かした優輝の頬には、一華と同じく、一粒の雫が流れ落ちた。
街に降り注いだ花びらは、三人を祝福するように舞い落ちる。
最後に残ったのは、三人の未来を明るくする、笑い声だった。
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