プラセボの花

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 ずっと同じ天井を見続けている。いくら見ても変わり映えしない天井。  春がもうすぐ来ると言うのに、まるで明日世界が終わってしまうかのような絶望感に苛まれる。  額に張っている冷却シートはもうぬるい。倦怠感を抱えた熱のおさまらない体を布団の中にすっぽりとしまいながら、今はただひたすら絶望感と向き合っている。  久しぶりに風邪をひいた。熱は38度5分。体が重い。食欲がない。布団から出られない。体力を回復するため眠りたいのに体力がなくて眠れない。体は熱を帯びて熱いのに寒気がする。意味が分からない。  大量の汗をかいたからか喉の乾きを感じる。冷蔵庫に入っているペットボトルの水を取りに行くため布団から出ようとする。熱のこもった布団を押しのけると冷たい空気がひやっと体に触れる。いつもより重い上半身を少し起こすと瞬間、目の前の視界が歪み、ぐわんぐわんと世界が回る。  だめだ。起き上がれない。  寒い冬がようやく終わりを告げ、暖かい季節が来ると言うのに、どうして布団から出られなくなるのか。いや、敗因には心当たりはある。日曜の昼間の気温は暖かかったから、薄い上着を着て出かけた。日が落ちた夜はその上着では耐えられない寒さだった。まだまだ夜は思った以上に冷える。たったあれだけのことがこんな結果を招いてしまうとはな。浅はかな考えのあの日の自分を恨んでももう遅い。  何故だろう。具合が悪くなると、まるで明日世界が終わってしまうような絶望感にかられる。健康な時には感じることのない絶望感。この重たい体がそうさせるのか。  ベッドサイドに置いておいたスマホを掴んで連絡先を開く。  「葉月美紀」と名前を表示させる。  こんな時に彼女を呼んでしまってもいいのだろうか。 彼女は恋人ではない。……ただのプラセボだ。 *** プラセボ。それは本物の薬と見分けがつかないいが、有効成分の入っていない偽物の薬。見せかけだけの薬。本物の薬としての効果は持たないけれど、それを飲むことで、時に人に効果を与える。
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