プラセボの花

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 資料室で必要な書類を探しているときに後輩の葉月が急に変なことを聞いてきた。 「戸川さんって彼女作らないんですか?」 「なんだよ、急に」 「いや、なんとなくですよ」 「は?必要なくない?家電も進化して家事は自分で出来るし、飯もそこら辺で安く済ませるし、なんなら簡単なものなら作れるし。口うるさくて時間取られる彼女とか……自分の時間が削られるだけで利点ないし。要らなくない?」 「ほぉー。相変わらず、なかなか拗らせてますねぇ」  目をまん丸にしながら言ってくる彼女。  まぁ、この話をすると大体皆同じ反応だ。俺に言わせれば、恋愛に振り回されているほうが病んでるのではないかと思う。こんな俺でも若い頃は恋愛にうつつを抜かした頃もあった。しかし三十を超えてからは全てが億劫だ。 「はいはい、知ってるって。さっさと書類探して」  そう言って促すが、葉月はすぐに動こうとしない。俺の方を何か言いたげに見てくる。 「なに?」 「じゃあ、戸川さん。彼女がいないのなら一つお願い事があるのですが」 「なにを?」  俺は怪訝な顔で答える。改まって言う女性のお願いごとが厄介でなかった試しがない。 「……実は営業の高橋さんからグイグイとアタックが激しくてですね。彼氏がいるって言ってもなぜか諦めてくれなくて、しつこくて困っているんですよ。……戸川さん、恋人のふりしてくれませんか?」 「なんだそれ。でも葉月はちゃんと彼氏がいるだろ。フリなんてしなくてもその彼氏を見せつけてやればいいんじゃないの?」 「彼氏が遠距離な上に、現在仕事が多忙に多忙を極めていまして……なかなかこっちに来られない状態なんですよ。そこで、偽物でもいいからあの猛攻を遮るものをお願いしたくて」  高橋ねぇ……顔もいいし、確かに自信家で面倒くさそうだ。少し考えてみるが……。 「それってやっても、俺に利点ないよね?」  という結論に至った。そう言い放つとその言葉に、葉月は待っていましたかのようににっこりと笑う。 「戸川さん、甘い物好きですよね?隣駅のカップル限定しか頼めないスイーツセット、わたしと行けば頼めますよ。食べてみたいって言っていましたよね」 「う」  用意していたのか、なかなかいいところをついてくる。 「……しかも、お礼に奢りますよ?」 「んー、よーし……可愛い後輩の頼みだ。聞いてやろう」 「良いように言って。スイーツにつられただけじゃないですか」 「何か言った?」 「いえ、何も。戸川さんも、擬似彼女でも人に接したほうがその拗らせも良くなるんじゃないですか?」 「それは、お願いごとしている奴の言葉とは思えないな」  お願い事をしていると言うのに彼女はいつも通りだ。いつもいつも葉月は後輩なのに、年下なのに、ああ言えばこう言ってくる。 「しかし、擬似彼女で拗らせを治すとか……偽物でも病気が治る、まるでプラセボみたいだな」 「プラセボ……?」 「薬の臨床開発するときの治験で使うものなんだ。薬って、薬を飲んでると言うだけで効いた気になることがあるんだろ。実際に効果がなくても病気がよくなったりするんだよ。プラセボ効果って言ってね。治験をやるときには実際の薬を飲む人と、効果のないプラセボの飲む人を分けて、プラセボ効果なのか本当の薬の効果なのかを評価するんだ」 「偽物の薬で病気が良くなるなんて、病は気からの逆バージョンみたいですね」 「まぁ、プラセボはみんなプラセボだって分からないで飲むんだけどね。プラセボだって知ってて飲んで効くのかは知らないけど」 「拗らせが酷かったら効くんじゃないですか?」 「ほんとに君は口が減らないな」
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