プラセボの花

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「戸川さんが頼ってくるなんて驚いた」  玄関のドアを開けて向かい入れた葉月が言う。 「悪い……熱出てほとんど動けなくて。家に食うもんも何もなくて」  結局、恋人でも何でもないただの後輩の葉月に助けを求めて呼んでしまった。ラインをして来てくれると返事が来たとき安心できたのか妙にホッとした。 「もう大丈夫ですよ!ポカリとかゼリーとか買ってきましたからっ!あと風邪薬と冷えピタも。食欲は?うどんは食べれそうですか?わたし、作りますよ」  葉月は大きな袋を持っておりその中にはパンパンに色々なものが詰まっていた。 「本当に助かる。少しなら食えそうかも」 「弱々しいと、ちょっと可愛いですね戸川さん。じゃあ出来るまで寝ていてください」 「……あぁ、悪い」  いつもだったら可愛いなんてバカにされたら言い返してやるのだが、今日はそんな元気もない。よろよろとベッドに戻り、軽く目を瞑る。  隣の部屋のキッチンから包丁や鍋を火にかける音が聞こえる。誰かが出す物音。この家に自分以外の人が入るなんていつぶりだろう。熱を出すと不安になるのか、自分以外の人間が立てる物音が今は心地が良い。 「戸川さん、出来ましたよ」  うどんが出来たと呼びにきた葉月の顔を見てなぜか胸がじんわりとホッとする。これは熱のせいなのだろうか。  うどんをすすると出汁の味がして、熱いうどんが食道を通って行く。そのまま胃に温かさが染み込む。 「うまい」 「よかった。食べたら顔色少し良くなりましたね。熱まだ高いですか?」  葉月が熱を確かめるためおでこを触ろうと、こちらに伸ばしてきた腕。その手首を思わず掴んでしまう。 「わ、ごめんなさい。触られるの嫌でした?」  ……違う。  俺は思わず掴んだ手首にぐっと力を入れてしまう。  掴んだのは、触られるのが嫌だったからじゃない。腕を伸ばしてきた彼女が……欲しくなったからだ。帰したくない気分になった。  でも、すぐに思い出す。  この関係はプラセボだ。どんなに似たように見繕ったって所詮は偽物。  掴んだ彼女の手首を離す。 「ごめん、ビックリしただけ。今日は本当に助かったよ。ありがとう」  俺のその言葉に心配そうに微笑む彼女。 「今日は皮肉もなく、素直なんですね。らしくないんで、早く元気になってくださいね」  俺は頷いて答える。 彼女が帰ったあとの家は妙に静かで、いつもは聞こえない冷蔵庫のブーンという運転音やたらと大きく聞こえる。元々この静寂が正常だったはずなのになぜか物足りなさを感じてしまった。
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