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♉︎
「あ、見て見て。あれ『うろこ牛』じゃない?」
彼女の指差す先には一頭の牛がいた。
木柵に囲まれた原っぱの中央で草を食んでいる。その青色の体表には小さな白い模様が魚のうろこのように連なっていた。
柵に掛けられた看板には確かに『うろこ牛』とある。
「みたいだね。『乱層牛が成長するにつれ白い模様が細かく千切れていくことで出来上がる』だって」
「へえ。大人の牛なんだ」
うろこ牛が顔を上げて、んもう、とひとつ鳴く。重厚感のある声だ。
僕はしばらくうろこ牛を眺めてから、辺りを見回す。
ここは全国でも有数の広さを持つ空牛館だ。各地の空牛館を巡るのが趣味の僕たちでもこの規模は初めてだった。
「ねえ他のとこも見てみようよ。まだいっぱいいるし」
「ここ全種類の空牛が見られるらしいよ」
「楽しみすぎ」
館内は評判通りとても広く、また様々な種類の空牛が展示されていた。
尾から頭にかけて白い模様が盛り上がっている『入道牛』。
薄っすらとした白色が全身に広がっている『おぼろ牛』。
細い模様が繊維状に何本も走っている『すじ牛』。
どの牛も毛並みや色味も良く、十分な生育環境が整えられているとわかる。
「いつも思うけど『ひつじ牛』ってややこしくない?」
「わかる。まあ昔の人は牛が空模様になるなんて思わなかったんだろうね」
目の前のひつじ牛が短く鳴いた。この牛がすべての始まりかと思うと感慨深い。
世界で最初の空牛が生まれたのは二百年ほど前だ。
ある薬の発明により、機能は維持したまま牛の身体の色だけを白と青に変化させることに成功した。
その姿はまるで牛の形をした空だと評され『空牛』と呼ばれた。そこで生まれた空牛が『ひつじ牛』だったらしい。
ひつじ牛はもう一度小さな声で鳴き、のんびりと向こうへ歩いていく。
「あ、行っちゃった。お腹空いたのかな」
「もうお昼だしね」
くう、とかわいい声が聞こえた。彼女は慌てて腹を押さえる。
僕は笑って「あっちにレストランあったよ」と入場口を指差した。
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