11. 大事な才能

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「……お世辞なんか言わなくていいよ。 私は、自分の好きな英語ですら、緊張したら上手くしゃべれないし、想太みたいに、ダンスが出来るわけでも、歌が上手いわけでもないし、誰からも好かれるような性格でもないし、しゃべるのが上手いわけでもないし、可愛くもないし、スタイルがいいわけでもないし……私には、何にもないもん。何一つ、才能なんかないし、すごいって言えることなんか―――何にもないもん!」  だんだん自分でも何を言ってるのか分からなくなってきた。完全な八つ当たりだ。自分がうまく出来ないからって、何でも楽しそうにこなしてる想太がうらやましくて。いつも幸せそうな笑顔で、誰からも愛されている想太が、ただうらやましくて。    自分にはないものをいっぱい持っている想太。  そんな彼を好きだと思いつつも、私は彼がうらやましすぎて、だからよけいに、何もとりえのない自分が情けなくなってしまう。  ……なんてみっともない、劣等感。  涙が湧いてくる。想太には見せたくない、なさけない涙。あわてて、下を向く。 「みなみ」  想太の声がする。優しいおだやかな声。想太の柔らかい関西弁が、静かにしみてくる。 「みなみが、自分で自分のことどう思ってるのか知らんけど、おまえ、ほんまにすごいやつやで。オレ、ずっとそう思ってきたよ。オレ、上手くいかへんとき、あきらめてしまいそうになること、しょっちゅうある。でも、そんなとき、みなみのこと思い出すねん。みなみみたいに、ちゃんと努力を続けられることって、めっちゃ大変なことやけど、めっちゃ大事なことやって」  想太の声が、うつむいた私の肩の辺りで聞こえる。 「努力を続けられるのって、実はすごく大事な才能なんやって、父ちゃんやかあちゃんがいつも言うてる。やから、オレは、みなみのがんばる姿見て、自分もがんばろうって思ってきたんやで。何でも軽々やってるわけとちゃうで。ほんまは、いややなあ、無理~って思ってしまったりするねん。でも、みなみやったら、こんなとき逃げへんよな、って。そう思ったら、がんばれるねん」  想太が、私の顔をのぞきこむ。 「みなみ」 「……う」 「みなみ」 「……うん」 「みなみ、こっち向いて」  そっと顔を上げると、目の前に、想太の顔がある。めちゃくちゃ優しい顔。見てるとまた泣けてきそうなくらい。 「オレは、みなみのがんばってる姿を見て……がんばれるねん。オレが笑ったら、みなみが笑ってくれるから、オレももっと笑えるねん。なあ、みなみ。……せやから。せやから、泣かんとってや」  想太の目が、まっすぐ私を見つめている。本気の目だ。  想太の言葉が、心にしみてくる。自分には何もない、そう思って落ち込んでいた私の心にしみてくる。 「わあ~ん。むり。泣く」  私は、わんわん泣いた。なんだか最近泣いてばかりだな、と思いながらも、泣いた。  想太がうらやましいとか、自分が情けないとか、そんなドロドロした気持ちが、その涙と一緒に洗い流されていく。  そして、思った。  がんばろう。  何も飛び抜けた才能はないけど、自分にやれることを、精一杯やり続ける自分でいよう。  想太が私を見てがんばれると言ってくれた。私が想太を見てがんばろうと思っているように。  上手くやれてもやれなくても、とにかく、まずは一生懸命やってみよう、今はそれでいいと思った。 「想太、ごめんね。昨日から、ちょっといろいろ落ち込んでて、モヤモヤしてた。だから、変なこと言って、八つ当たりして。……ごめん」 「だれでも、そういうときあるで」  想太が、にっこり笑った。大好きな笑顔だ。  その笑顔を見ながら、私は、心の中で叫んだ。 (想太。想太。やっぱり、想太が大好きだよ。まだ、直接言う勇気はないけど。でも、大好き。この気持ちが『ほんとの好き』なのかどうか、そんなのわかんないけど、今のこの大好きって気持ちは、まちがいないから)  泣き止んだ私に想太が言った。 「なあ。今のパートで、もう1回、弾こか」 「うん。弾こう」    指が気持ちよく動く。想太と私は、夢中でピアノを弾いた。連弾用の他の楽譜も出してきて、2人で弾きまくる。  私、幸せだ。十分。  
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