八、喪服

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姿は消えたが、声が聞こえてきた。 「ねー、しゃちょー、不倫って文化ですかね?」 「ちょっ! 何聞いてんの!」 昴も弁当を置いて飛び出していった。 工場の紅一点である二代目の奥さんが事務員なので、事務所にいるはずだ。それを聞かれたら社長が気まずくなってしまう。 鈴木の爺さんと日野さんも、若いなと冷やかしながらぞろぞろ出ていく。爺さんは外の喫煙所に、日野さんは事務所に行くはずだ。 俺も一服してから行こうと思い、ロッカーにタバコを取りに行く。 何の気もなく、首に巻いていたタオルを取ろうとした。 その瞬間、グッと後ろから引っ張られた。 「ぐえ」 首が絞まって、変な声が出る。 ぶわっと脳みその中に色んな映像が流れる。昨日、槐さんとしていた事が、一瞬、一瞬、早送りのスライドショーみたいに。 これが、走馬灯のように、というやつだ。 むせながら振り返ると、松田さんがニッコリ笑って、俺のタオルの端を持っていた。 「げほっ……えっ? ちょ、何すか?」 「勝ちゃん新しいコできたでしょ」 今日だけで俺は、何回ギクッとさせられているのだろう。バレるはずがないのに。 喉をさすりながら慌てて否定する。 「はっ? いやいや、まさか! 俺、別れたばっかですし」 「すごいの付いてるよ、後ろ」 そう言われて、初めは何の事か分からなかった。 首に帯の痕なんか残っていないはずだ。自分で引っ掻いた爪の痕は喉仏の脇にあるし。 それでも、松田さんくらいの男ならキスマか傷かの判断くらいは付くはずだ。 けれど、はっと思い出した。 一昨日の夜中、目を覚ますと槐さんが俺にくっ付いていた。あの時だ。 まだ首につくほど長かった金髪の中に、槐さんは鼻や口元を埋めていた。確かに、吸われたり、噛まれたりしている感触があった。 寝ぼけていて、今の今まで忘れていた。
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