46人が本棚に入れています
本棚に追加
姿は消えたが、声が聞こえてきた。
「ねー、しゃちょー、不倫って文化ですかね?」
「ちょっ! 何聞いてんの!」
昴も弁当を置いて飛び出していった。
工場の紅一点である二代目の奥さんが事務員なので、事務所にいるはずだ。それを聞かれたら社長が気まずくなってしまう。
鈴木の爺さんと日野さんも、若いなと冷やかしながらぞろぞろ出ていく。爺さんは外の喫煙所に、日野さんは事務所に行くはずだ。
俺も一服してから行こうと思い、ロッカーにタバコを取りに行く。
何の気もなく、首に巻いていたタオルを取ろうとした。
その瞬間、グッと後ろから引っ張られた。
「ぐえ」
首が絞まって、変な声が出る。
ぶわっと脳みその中に色んな映像が流れる。昨日、槐さんとしていた事が、一瞬、一瞬、早送りのスライドショーみたいに。
これが、走馬灯のように、というやつだ。
むせながら振り返ると、松田さんがニッコリ笑って、俺のタオルの端を持っていた。
「げほっ……えっ? ちょ、何すか?」
「勝ちゃん新しいコできたでしょ」
今日だけで俺は、何回ギクッとさせられているのだろう。バレるはずがないのに。
喉をさすりながら慌てて否定する。
「はっ? いやいや、まさか! 俺、別れたばっかですし」
「すごいの付いてるよ、後ろ」
そう言われて、初めは何の事か分からなかった。
首に帯の痕なんか残っていないはずだ。自分で引っ掻いた爪の痕は喉仏の脇にあるし。
それでも、松田さんくらいの男ならキスマか傷かの判断くらいは付くはずだ。
けれど、はっと思い出した。
一昨日の夜中、目を覚ますと槐さんが俺にくっ付いていた。あの時だ。
まだ首につくほど長かった金髪の中に、槐さんは鼻や口元を埋めていた。確かに、吸われたり、噛まれたりしている感触があった。
寝ぼけていて、今の今まで忘れていた。
最初のコメントを投稿しよう!