八、喪服

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画面を見ながら、背後から殴られた痣みたいなそれを触る。 夢じゃない。金髪でマントを羽織った吸血鬼じゃなく、本物の、まだ黒髪だった槐さんもあの時、俺を食べようとしていたんだろうか。食べてしまいたいと、思ってくれたんだろうか。 だとしたら、もう両想いでいいんじゃないか。 だから告白もオッケーしてくれた。現に、俺はあの人の恋人になっている。 何を心配して、動揺する事があるのか。 血の繋がった、男同士。 それが、どうしたって言うんだ。 昴と浜やんに言わせれば、さっき挙がった“禁断”は全部セーフだった。 ネットに触れていないあの人を、時代に取り残されてると思っていたが、ついて行けなくなり始めているのは俺も同じだ。 誰と付き合おうが、誰かにとやかく言われる筋合いはない。 松田さんに急に聞かれてもそう答えられるほど、俺は、真剣なのだから。 その日の午後は、新しく憶えた情報がずっと頭の中で回っていた。 ふと時計を見たら3時28分だったり、作業で計量した数値が32.8gだったり、停まっていた車のナンバーが・3 28だったり、買おうとした惣菜が328円だったり……、やたらとその数字が目に付いた。 あの人と離れる事になっても、俺はこれから先、こうやって生きていくのだろう。 9月以降の事なんか考えたって仕方ない。それより今、槐さんがいてくれる残りの時間を目いっぱい過ごすしかない。 仕事から帰る時にはそう思っていた。あんなにビクビク、ギクシャクしていたのに、胸を張るように歩いていた。 ただ、この現状を肯定するように思えば思うほど、別の気持ちも強くなってくる。 槐さんと、離れたくない。 たとえ死んだ人間と結婚する事が本当に可能でも、日本の法律ではまず無理だろうし、何より、あの人が俺とそうしたいと思ってくれるかは分からないのだった。
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