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九、遺書
その日の帰り、ゲリラ豪雨に遭った。
まさにバケツをひっくり返したような雨と、雷まで鳴り響いている。
俺はちょうど、晩メシを買ってスーパーから出たところだったから、すぐ引き返してビニール傘を買った。
こんな中で外に出ている事自体おかしいような降り方だが、俺にはやるべき事がある。
自転車のカゴにカバーをかけて、ずぶ濡れになって帰りを急ぐ、お母さん方と同じように。
ずぶ濡れで帰った俺を、どんな顔で迎えてくれるだろうか。どれくらい労ってくれるだろうか。
俺の恋人になったばっかりの、名前の無い、あの人は。
サンダルを1歩踏む度に、グショッと水が飛び出して、足の裏にゴムの貼りつく不快な感覚がする。
足の爪を割るという名誉の負傷から、今日でちょうど1週間。包帯が取れていて、まだ良かった。
アパートにたどり着いたら、まずはシャワーを浴びようと思った。槐さんが乱入して来ても、それはそれで構わない。
ブロック塀で仕切られた建物を回り込み、アパートの敷地内に入る。
入り口近くに生えたヒマワリは、水溜まりの中で枯れていた。茶色く変色し、下を向いているのが視界の端に見えた。
手すりも鉄の階段も濡れている。滑らないように気を付けながら昇る。
もう、スーパーの袋にも水が入っているかも知れない。買った食事は無事なんだろうか。
やっと廊下に入って、傘を畳んだ。
頭の上ではトタン屋根がバラバラとうるさい音を立てて、足元では排水溝にゴミが詰まってゴボゴボと溢れている。
そこで初めて、男の喘ぎ声と、何かを打つような音が聞こえてきた。空手の突き稽古みたいに、聞こえなくもない。
信じられなかった。そんなはずがない。耳を疑った。
俺の恋人になったのに、たった1日で、その関係を壊すような人だとは考えられなかったからだ。
戸を開けると、やっぱり、2人の男が汗まみれで“事”に及んでいた。
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