九、遺書

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男が俺に気付いて、何か言いながら、苦しそうに呻くのが聞こえる。 冗談じゃない。いちばん苦しいのは俺だ。 何とか槐さんから離れさせるように、ベッドから引きずり下ろした。 男がもがいて、首元に手を伸ばして、食い込む帯を外そうとしている。日本語だろうと外国語だろうと聞き取れない。 相手の背も俺より高いのが分かった。これを離してしまえば、そのまま反撃される。そうなったらひとたまりも無い。 槐さんが男の下から這いずり出して、床に転がった。 「忠義くん、何をして……!」 細くて熱くなった体で俺の脚に取りすがってくる。 やめてくれ、と言っているのは聞こえる。 もっと焦れよ。せめて、浮気現場を見られた時の彼女くらい。 みっともなく慌てて、取り乱して、これは違う、そういうんじゃない、と説得力の欠片もない言い訳くらいしてくれ。 それくらいでないと、俺の立場が無い。 「しゃらうるせえ! 外人のデカマラがそんな良かったかよクソビッチ! お前は俺のモンだろうが! 向こう行ってろ!」 槐さんに向かって怒鳴りつけた。 もう、誰に腹を立てればいいのか分からない。 どうするべきかも分からない。 ただ、絶対に手を離せない事は確かだ。 それなら、首を絞め続けるしかない。例え相手が死んでも。 いや、むしろ殺してやる。 俺の部屋に勝手に入って、俺の恋人に手を出した。それなりの報いは受けるべきだ。日本人だろうが、外国人だろうが、関係ない。 視界の端でバタバタと槐さんが動いて、風呂場の方に走っていったのが分かった。 やっと俺の言うことを聞いて、避難する気になったらしい。 槐さんが俺にしていたように、帯の端を手首に巻き付けて、ぎりぎり絞め上げる。さらに自分の膝で男の背中を押していた。
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