九、遺書

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俺が、渡された帯を細くて白い首に回している間も、槐さんは落ち着いていた。 「私と心中したがる男も沢山いたし、狂った自分に耐えられずに独りで逝ってしまった男もいる。葬式に呼ばれないのは当然だし、慣れっこなんだ」 俺が手作業をしやすいように顔を上向け、長い睫毛の生えた目を閉じて、話し続けている。 もっとずっと前に聞いておきたかった身の上話。 今さら教えられても、どうしようもないことだ。 「私なんぞの葬式には誰も来たがらないだろうが、忠義くんなら話は別だ」 そんなことを言われても、俺には何とも答えようがない。 今から死ぬのに、死んだ後の事なんかどうだっていい。 どうせ、俺と槐さんの関係を理解してくれるわけでもない奴らだし。 俺が答えずにいると、槐さんは目を開けて見てきた。 「後遺症が残って、今も寝たきりだという話も聞いた。忠義くん、しくじるなよ」 口角なんか、少し上がってさえいる。 「ここで見事に私を殺せば、君は私にとって初めての男だ」 それを聞いて初めて、ガマンできなくなった。 握っていた帯を離して、両腕で体を抱き締めさせてもらった。 ムラムラしなかった。こんなに近付いたのに、他の男に抱かれてる所を見たのに。抱きたいとは、思わなかった。 ただ、このままこの人とずっと一緒にいたいと思っているだけだ。 抱き締めたまま、頭を撫でた。脱色してもツヤツヤしている金髪は、暗い部屋の中にぼんやり光っているように見える。 外に降っている雨の強さも、少しだけマシになった気がする。 もうここから出る事なんかないから、今さら止もうが降り続けようが、関係ないが。 「生まれ変わったら一緒になりましょ。また男同士でも、血が繋がってても……」 2年付き合った和泉にもできなかったプロポーズ。それより重たい言葉すら、あっさりと出てくる。
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