九、遺書

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俺は、いつの間にか眠っていたらしい。 カーテンすら開けたままにして、うっすら明るくなった空が見えた。あれほど降っていた雨は、もう止んでいた。 床で寝て体じゅうが痛いのも、タバコのせいで胃が気持ち悪いのも、毎朝の事だ。 起き上がって部屋の中を見る。 玄関の方から俺のいる位置まで、足跡らしき物が続いている。泥水が乾いたような、汚い跡だ。 「へっくしょ! ……あー」 くしゃみが出て、寒気がした。 やっと、昨日どんな風に帰って来たか思い出した。 スマホが無くても、テレビはある。昨日の俺は、そんな事すら考え付かなかったらしい。 点けてみると、朝の5時だった。 普段より2時間も早く起きてしまったが、こんな有り様で二度寝をする気にはなれない。 8月28日火曜日。 ニュースでは、記録的な猛暑と、昨日のゲリラ豪雨の被害を伝えている。 それ以外のラインナップは、闘病中だった漫画家の死去、政治家の活動費不正受給、新宿駅でアルミ缶が爆発……。 どれも、俺には関係が無い。 昨日、俺が人を殺しかけた事は、あの外国人の男と、槐さんしか知らない。 その後、俺と槐さんが心中しかけた事なんて、無かったも同然だ。 ひとまず、シャワーを浴びる事にした。 服を着替えて、床を拭いて、このタオルケットも洗濯機に入れる。 ほとんど寝た気がしないが、それくらいはできる。 時間は早いが、いつもそうしているのと同じ動きで、シャワーを浴びた。 頭の中が空っぽになって、そこでようやく、思い出した。 昨日、エントランスに立っていたのは、元カノの和泉だった。
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