孫との約束

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「そういえば絹江さんと梅子さんは『現世(うつしよ)チケット』、いつ使うか決まったの?」  藤色のニットベストの内ポケットから、ヤエは一枚の紙切れを取り出して目を細めた。その『現世(うつしよ)チケット』と書かれているチケットは、常に持ち歩いているポーチの中で大切に保管している。一万円札とほぼ同じ大きさで、有効期限と注意事項が記載されている。  天国にはあるルールがある。それは『一年に一回下界に戻れる』というルールだ。『現世(うつしよ)チケット』というチケットの配布が毎年あり、チケットを使う時は天国に数十か所ある虹の門にいる門番に渡せばいいらしい。 「ヤエさんは、来週のお盆に帰るって言ってたわよねぇ。うちも仏壇磨きに精を出してるじいさんのために、今年もお盆にチケット使って帰ろうかしらね。絹江さんもお盆に帰るのかしら?」 「そうねぇ……皆さんお盆に帰るようだし、私もそうしようかしら」  今朝摘んできたヒメユリとグロリオサを混ぜたような花を撫でながら、絹江は長年暮らしてきた実家が見える雲の隙間に視線を向けた。じっと目を細めて意識を集中させると屋根が透けて、家族の笑い声が絶えなかったリビング、千代と一緒に料理したキッチン、香織に編み物を教えた和室が見えてくる。 「あら、今日は香織が帰って来てるのね。それに、私の作ったドレスがある……もしかして」  そっと目を閉じて、耳に全神経を集中させる。すると、香織の心の声が語りかけてくるように聞こえてくる。 「ふふふ、覚えてるにきまってるじゃないの。テーブルの角にぶつけて泣いちゃってね。うんうん……香織、本当におめでとう。良かったね……おばあちゃんは、全部覚えていますよ。可愛い孫との思い出は全部、覚えていますよ」  心温まる言葉の数々に、目頭が熱くなってきたその時――ある閃きが稲妻のように絹江の心を貫いた。 「そうだ……香織の結婚式にいこう!」  
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