天国とアンブローズ

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 弟の言葉にげんなりしつつ、俺は兄貴の部屋に向かった。というか、最初に確認するべきことがあったなと気が付いたのである。それは、兄の私物がどれくらい部屋に残っているのかどうか、ということだ。それによって、彼の行先がある程度絞れるのではなかろうか。  確認したところ、兄の部屋から財布と水筒、スマホとトートバッグがなくなっていた。それらを持って出て行ったのはまず間違いない。しかし、自転車の鍵も定期も残っている。ということは、彼は電車に乗ったわけでもなく、当然電車に飛び込んだわけでもない(ちなみにこの近辺に踏み切りはない)。自転車も使っていないならば、徒歩圏内のどこかに行った可能性が高い。近くにバス停もないから尚更に。 「兄貴、歩いてどっかに行ったのは確かみたいだ」  俺はリビングに戻ってくると、スマホのGoogleマップを起動した。とりあえず、兄が行きそうな店などをピックアップしてみようと思ったのである。いくら体力がある兄とはいえ、夏の暑い日の午前中だ。歩いてそうそう遠くまで行きたいとは思えないはず。マップを弄りながら、俺はふと――ある店の名前に気付いた。  いや、そんなバカな、とは思う。そんな単純な答えがあってたまるか、とも。いや、しかし、だけど。 「……兄ちゃん」  俺の手元を覗き込んだ弟が、茫然とした声で言った。 「……まさか、此処に行ったんじゃないよね?サツキ兄ちゃん」 「……ま、まさかな?」  指さす先にあったのは、“銭湯・天国”の文字だった――。 「いやあ、あそこその名の通り天国みたいなお店でなあ!風呂もいいんだが、隣接されている食堂の冷やし中華が最高に美味いんだ!部活で疲れてるし、久しぶりに行って汗流そうと思ってなあ!でも、二人とも寝てるし?寝かせてあげた方がいいと思うし?だからオレ一人で行くことにしたんだよ。……え、どうしたお前ら、その顔?そんなに一緒に行きたかったのか?だったら、そうと言ってくれれば……」 「そういうこっちゃないわ、兄貴いいいいいいいいいいいいいいい!」  ツヤっとさっぱりした顔で、のほほんと帰って来た兄に。  思わず弟と仲良くティッシュ箱を投げつけた俺達は、きっと悪くはないのだろう。
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