付喪神コンチェルト

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 屋敷の中には何人かの白装束の姿の人間が出入りしていた。指示を仰いだり、報告したりと慌ただしく時が過ぎていく。  一番後ろにいた犬山が声を荒げた。 「千尋! なに煙草吸ってんだ! そんな悠長に構えてる場合じゃねぇだろ!」  月岡は意に介さずに犬山の肩をポン、と叩くと後ろにいる柊の方へ振り返った。 「京極柊。直接、楓から指示を受けたわけじゃないんだろ?」  質問の意図が読めないのか、柊は首を傾げた。姉の楓と違い、柊の方が柔らかい印象があると月岡は感じていた。悪く言えばやや子どもっぽいところがあると言える。 「……そうですけど、それが何か……?」 「わかった。じゃあ、ついてきてくれ」  月岡は、煙草を吸ったまま白装束の集団の中へ分け入っていった。 「お、おい! 千尋! 柊ちゃん!」  犬山の声に気がついたのか、ゆっくりと歩み寄ってくる月岡の姿が目に留まったのか、京極楓が話を中断して月岡の方へ体を向けた。 「月岡さん。騒がしくしてすみません。あなたにもお願いがあるのですが」  透き通った黒い瞳が月岡の後ろにいる柊を見る。 「……柊? 何か報告があるんですか?」 「いや、柊は俺が呼んだんだ」  京極柊が口を開く前に、月岡が話し始めた。煙草の煙を吐き出すと、片手をポケットに突っ込んで真っ直ぐに京極楓の顔を見据える。 「あんたが偽物だと証明するためにな」  屋敷内がざわついた。弟子たちは思わず互いに顔を見合わせ、それから月岡の後姿へ視線を移す。犬山は、わけがわからないという風にポカンと口を開けていた。 「……私が、偽物? それはまたどうしてでしょうか」 「単純なことだよ。屋敷に忍び込んで、一番安全なのは指示を出す立場の人間になりすますことだ。それに、これまでタクシーの運転手、警察官と化けてきた。それ以上の驚きと言えば京極楓ーーあんたしかいないだろう」  京極楓は押し黙ると、一歩月岡へと歩みを進める。 (やっぱりな)  京極楓の目が瞬いた。 「確かな証拠とは言えません。あなたの憶測です。それにーー」  月岡は言葉を遮った。 「今のあんたにはプレッシャーを何も感じない。いくらなりすますと言っても、京極楓の器をあんたが演じ切ることは無理だ。それにだ」  月岡は煙草を吸った。 「京極楓はな、煙草の煙が嫌いなんだよ。だから、俺は屋敷の中で吸うことはなかったし、ずっと外で吸っていた。それなのに今、屋敷の中で吸ってるのにも関わらず、目の前で煙を出されているのにも関わらず、あんたはまるで気にする素振りがない。それどころか、平気で近付いてくる。あんた、そのこと知らなかっただろ」  京極楓はあくまでも無表情のままだった。表情を何一つ変えずに、ただ月岡の顔を見つめていた。 「確かにこれも確たる証拠にはならない。じゃあ、双子の妹の証言はどうだ? 他の連中が騙されても、妹の目は誤魔化しきれないんじゃないか? どうだ? 柊」  言われて京極柊は、月岡の横へと並んだ。じっと双子の姉の顔を眺めて「あっ」と小さな声を上げると口元に手を当てた。 「言われてみれば姉さんとは何かが違う……何やろ? オーラ? 雰囲気? 姉さんの顔をしてるけど、この人姉さんやない」  京極楓の顔が引きつった。 「柊。気のせいです。月岡さんに言われたからそう思うだけでーー」 「姉さんならそういう言い方せーへん気がするんやけどな。……姉さんなら、きっと軽く微笑んで『何を馬鹿なことを』と軽くあしらうと思うんやけど。それにやっぱり変やわ。姉さん、うちに直接指示を出さなかったやろ? あれ、とは思ったんやけど、まあ緊急事態やしなって納得したけど、やっぱり変やわ。だって、うちと姉さん二人合わせて当主なんや。二人で相談なく、一方的に指示を出すんは、そもそも姉さんのやり方やない」  京極柊は、月岡の顔を見てうなずいた。 「月岡さんの言うとおり、この人姉さんやない」  京極楓は口元を歪めせた。歪ませながらも、後ろへ体を翻すと腕を払って声を上げた。 「うちは本物や! うちが偽物の証拠はない。なんなら、柊、あんたが偽物ーー」 「いいえ。紛れもなく偽物はあなたよ、付喪神さん」  後ろから声が聞こえる。 「誰だ!」  犬山がびっくりした顔をして振り返ると、開け放たれた襖に立っていたのは、京極楓その人だった。  
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