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「なっ……はっ?」
犬山が白装束の京極楓と急に現れた紺色の着物姿の京極楓の顔を見比べる。どちらも同じ顔、同じ体、同じ目をしていた。京極の弟子たちの間にもざわめきが広がる。
月岡を除いて全員の視線を浴びながら、紺色の着物姿の京極楓はゆったりとした足取りでもう一人の京極楓の元へと歩いていく。
「……な、なぜだ……?」
うろたえた白装束の京極楓の声は、もう本人のものではなかった。
「月岡さんがいなければまんまと騙されるところでした。まさか、柊の声で助けを求めてくるとは」
「うちの声?」
京極柊が疑問を投げかける。月岡は、煙草の煙を携帯灰皿でもみ消した。独特の臭いがまだ屋敷の中を漂っている。
「ええ。強力な妖が出たから助けてほしいという連絡でした。しかし、向かう途中で月岡さんから着信があったんです。電話に出たけど、応答はない。やけど、どうも電話から聞こえてくる音が騒がしいなと思ったんです」
月岡は大きく息を吐いた。首を鳴らし、足を回す。
「通話は切られませんでした。そこで月岡さんの意図を知ったんです。白装束から着替えたりお茶を飲んで聞いていれば、誰か知らない私がそこでそうして皆に指示を出していた、というわけです」
「楓ちゃん、ちょっと待って。……ってことは何か、千尋は最初からこうなることがわかってたってこと?」
犬山が会話に割って入る。京極楓は小さくうなずいた。
「そういうことになりますね。つまりは付喪神さん、あなたは最初から月岡さんの狙い通りに動いていたに過ぎない、とこういうことになります」
白装束の京極楓の肩が小刻みに震えていた。それは、怒りからくるものか、それとも悔しさからくるものか。
「そんな……見破られていた? ……最初から……?」
「第三幕も俺の勝ちだ。どうする? このままじゃ、俺の勝ち越しってことになるが」
わざと挑発するような口調で言うと、月岡はいやらしい笑みをその顔に浮かばせる。
「くっ……まだだ、まだ閉幕はしていない! まだ俺は負けてない! 負けるわけにはいかない、捕まるわけにはいかない、俺は自由を謳歌しなければいけないんだ!」
付喪神は羽織っていた白装束を脱ぐと、月岡に向かって投げ捨てた。一瞬できた隙のうちに、走り出し後ろの襖を破って逃げていく。
全員が慌てる中、月岡が静かに屋敷の外へ出ていこうとしていた。気がついたのは、犬山だ。
「おい、千尋! 今、車を回す! 少し待ってろ!」
「いや。お前はここまでだ。後は俺がやる。完全に決着をつけないと、奴は負けを認めない」
「はぁ!? お前、でも! 付喪神がどこへ行ったのかもわからないんじゃーー」
京極楓が犬山の前に長い腕を伸ばして、話を遮った。
「月岡さん。後は本当にお任せしていいのですね?」
月岡はネクタイを緩めながら答えた。
「ーーああ。今度こそ、任せてくれ」
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